ナムラコクオー物語(4歳編・その3)

皐月賞

 しかし、ここで再び「シンザン記念の魔力」が訪れます。
「ナムラコクオー屈腱炎発症」
という、驚くべきニュースがトレセンに広がりました。もともと脚が悪かった馬なので、関係者の方々の苦労は相当なものだったのではないか、と思うのですが、そんな苦労の甲斐なく、競走馬にとって不治の病といわれている最大最恐の病気にかかってしまったのです。こうなってはもう皐月賞どころの騒ぎではありません。今後の競走生命にかかわる大問題です。
 そして、ナムラコクオーは無念の皐月賞回避。ナリタブライアン陣営は「コクオー皐月回避のニュース」を聞いて皐月の勝利を確信して、その日の晩に祝杯をあげたそうです・・・なんてことはもちろんありませんが、とにもかくにも、それくらい衝撃的なニュースでした。
 そして、もう一回衝撃が走ります。わずか1日でナムラコクオーの屈腱炎が治ってしまったのです。
・・・え?
 そう、治ってしまったのです。もちろん、だからといってコクオーの脚が頑丈になるわけがなく、相変わらず脚部に不安は抱えたままなのですが、屈腱炎は治ってしまったのです。
 この屈腱炎騒動は、さまざまな憶測を生み、「日本ダービーというこれ以上ない場所でナリタブライアンに黒星をつけるための布石ではないか」なんてこともいわれました。もちろんデマですが。

 こうして、ナムラコクオー不在で行われた皐月賞は、シンボリルドルフの皐月賞からビゼンニシキをとっぱらったようなつまらないレースになり、ナリタブライアンは2馬身半の差をつけて快勝。中山2000のレコードのおまけつき。エアチャリオットはゲートに頭をぶつけて歯茎から血を流すアクシデントで惨敗。2着はサクラスーパーオー。「4歳のこの時期に2000mで2分をきるんだからこの馬はすごい!」と言う感じに、ナリタブライアンの評価は日増しに高まっていくことになるのです。
 まさにかやの外、といった感じのナムラコクオーファン(この場合は僕ですが)はこれに納得がいきません。
 「ナムラコクオーがいない皐月賞を勝ったくらいでいい気になるな」「ナムラコクオーが出てりゃ勝ってた」「2000mで2分を切ったとか威張ってるが、ドラゴンゼアーだって切ってるじゃないか。単にペースの問題だろ」「大体サクラスーパーオー『ごとき』に3馬身半差じゃ威張れたもんじゃない」「(ゲート内でのアクシデントのあった)エアチャリオットとの勝負付けすら済んだとはいえない」
 とまあ、いいたい放題。ま、出てないんだから、空想の中でいくらでも文句を言えます。
 しかし、なんだかんだいっても皐月賞を勝ったのはナリタブライアン。この事実は歴史に残ってしまったのです。
 本当に悔しいレースでした。上にも書きましたが、こんなレース、ビゼンニシキがいないシンボリルドルフの皐月賞みたいなものです。距離的にも絶好の舞台で戦うことすらできず、ただ見ていることしかできないのです。今考えても悔しくて悔しくてしょうがありません。
 そうした中、ナムラコクオー陣営は必死に建て直しを図ります。なにしろ、一回屈腱炎(かどうかは今でも謎のままですが)をやってしまった馬です。無理に仕上げれば今度は本当に再起不能の重症を発してしまうかもしれないのです。

NHK杯

 そんな中、陣営が選んだ復帰戦はNHK杯。ダービー前に東京を使っておこう、という配慮でしょうか。
野村調教師
 皐月賞に向けた1週前追い切りの翌日(4月8日)、右前の脚元に不安が出て、出走を見送ることにしました。もっとも、屈腱炎ということで騒ぎが大きくなってしまいましたが、症状としてはごく軽度のものだったんです。皐月賞にも使えないことはなかった、というのが正直なところですし、先々のことを考えて大事をとったわけです。
 その日の夕方には患部の腫れがひいてくれました。馬場入りは1日休んだだけですぐに調教を再開することができました。すでに速い追い切りも消化しており、現状では順調にきています。このまま無事にいってくれれば、いい状態でNHK杯に出走できるでしょうし、そこから本番へという青写真を描いています。使い込んでよくなるタイプの馬ですから、中2週のの間隔はむしろ好材料ではないかな。
 ナリタブライアンが相手では、とても強気なことは言えません。あの馬とはかなりの差があるように感じています。ウチの馬には阪神のようなパワー馬場があっていることは確かですし、2400mという距離も、正直、少し長い気がしています。
 ダービー云々を言うよりも、まずはNHK杯で中身のあるレースをしてほしい。順調さを欠いた不利は否めませんが、本番に楽しみをつなぐ内容で、ダービーに向かいたいものです。

(優駿)
 しかし、ここで再び問題発生。なんと、主戦の上村騎手が騎乗停止でNHK杯に乗れなくなってしまったのです。ダービーにはちゃんと騎乗停止もあけるのですが、NHK杯で誰を乗せるのか、という大きな問題が発生しました。
 そして、ここで野村調教師が選んだ騎手に日本中が驚きました。そう、ナリタブライアンの不動の主戦、南井克巳騎手だったのです。本番前に、ライバルの騎手に手の内を明かすようなこの騎手選択に、みんなびっくりです。
 これに対し、野村調教師は「いつもうちの馬には南井を乗せてるから」といたって平静。これは手の内を見せてもよい、という余裕からきたもの、とも考えられますが、他の要因として、本番で乗る馬のいない有力騎手を乗せると、「じゃあ本番もこの騎手で」ということになってしまう、という配慮もあったと聞いております(いかんせん脚の悪い馬なので、下手な騎手を乗せるととんでもないことになってしまうと思われます)。野村調教師はご存知のとおりキョウエイマーチでは、弟子の秋山騎手を育てるために桜花賞騎手の松永幹夫騎手をあえて交替させた、ということもありました。なんとも泣ける(いろんな意味で)話であります。
 とにかくナムラコクオーは最大のライバル、ナリタブライアンの主戦騎手、南井克巳騎手を乗せてNHK杯に出走することになったのです。
 このレース、南井騎手もさぞかし緊張しただろうなあ、と思います。なんといっても、一回屈腱炎をやった馬。また故障しない保証はどこにもありません。そして、もしレース中、あるいはレース直後に故障が発見されたら、「ダービー勝つためにライバルを壊した」といわれもない中傷を受けかねません。というか、多分僕も言ったと思います(^^;
 そういう中で迎えたNHK杯。本番は勝ち目がないと判断した?馬が大挙出走。ライバル筆頭は弥生賞で先着を許し、皐月賞は不完全燃焼に終わったエアチャリオット。そこに、皐月賞3着のフジノマッケンオー(最終的にこっちが2番人気)が加わる形。
 も、ナムラコクオーは当然1番人気。

では、1週前の陣営コメント。
野村調教師
 皐月賞を回避したあと速い手当てが効いて立て直せた。やっぱりこの馬は強運だ
 追ったあと足元をチェックしたが異常は見られない

(競馬報知)

―― 屈腱炎で皐月賞を断念したわけですが、その当時から現在に至る経緯を教えてください。
野村 3月8日の朝に右前肢が腫れたが、半日休ませただけで腫れはひいた。屈腱炎の診断だったが症状としてはごく軽度のものだったということだろう。場所が場所だから皐月賞は断念して経過を見守ってきたんだが、その後は何ひとつ異常なく、順調に乗り込んでいるんだよ。
―― ひと息入っているわけですが、その影響で重目が残るような心配はありませんか。
野村 体を見てもらえれば分かるんだけど、そんな心配はまったくない。毛ヅヤ、体の張りともに上々だから。
―― ここに至る調整過程はどうでしょうか。
野村 21日に坂路で初めて追い切ったが、馬ナリで55秒台。そして、27日には51秒8の坂路一番時計を出してくれたからね。ビシッとやったあとも問題ないし、あとは直前にひと追いすればキッチリ仕上がるだろう。ブランクの心配はないんじゃないのかな。
―― 今回の見通しを
野村 心配があるとすれば左回りがどうかということと、初コースでイレ込みがどの程度かということぐらいだが、今回は先々にメドが立つレースをしてくれれば十分だと思っているんだ。
(週刊競馬ブック)

でもって直前コメント。
野村師
 坂路で手ごたえ十分の好時計。軽い屈腱炎で一日だけ休んだが、状態はむしろ弥生賞よりいい感じ。文句なしだ。ブライアンと渡り合う馬、負けられないね。
(ホースニュース馬)
ギャロップ広場様提供
 ナムラコクオーは中団から。直線に入って抜け出すまでにややてこずりましたが、抜け出してからは強いの一言。ヤシマソブリン(ダービー3着、菊花賞2着)に2馬身半の差をつけ、完勝。
 後述の南井騎手の「ナリタと同じレースをした」って辺りがまあやっぱり脚をはかったんだろうな、っていうことを匂わせてますが、まあこれは南井騎手に依頼した段階で覚悟しておかねばならないこと。まあいいハンデです。
南井騎手
 3角手前まで少しかかり気味だったが、4角あたりで落ち着いた。早めに抜け出したが、余裕があった。ナリタと比較しても五分の脚だったね。本番では相当なライバルになるね。まあ、無事に本番をむかえてほしい。
次走へのメモ
 馬体重が示す通り太目感はなかった。馬群の真ん中に入ってしまったが、全く慌てることがなく、直線に向いてから外に出す。追い出してからは手応え通りの伸びを見せ快勝。本番にも明るい見通しが立った。
(以上、週刊競馬ブック)
南井J
 欠いた折り合いも三角で落ち着き、早めに抜け出したが手応えは十分。追ってからの味もある。ナリタと同じレースをしたが強い勝ち方で責任は果たせた。本番では強敵になりそうだ。
RACE WATCHING
 追っての伸びがケタ違い。坂上楽勝
(以上、週刊馬)

野村調教師
 馬場はボコボコしていて、砂煙が舞うほどでした。時計のかかるコンディションを好むだけに今回は馬場状態が味方したともいえますね。「絶対に前に行かないでほしい。馬群後方につけてほしい」とジョッキーには指示しました。前半は行きたがっているようでしたが、2コーナーを回ったあたりで折り合いがつきました。位置どりは普段よりも前でも、あの位置なら問題ありません。勝ったんだし、内容には満足しています。特筆すべきは、抜け出すときの脚ですね。ちょうど残り400m地点で11秒台のラップを刻んだのは値打ちありですね。この馬のよさは一瞬に使う脚ですからね。
 皐月賞は回避しましたが、軽い屈腱炎でケイコを休んだのは一日だけで、影響はありませんでした。フレグモーネで一頓挫あった弥生賞より今回のほうが具合がよかったほどです。

南井騎手
 レース間隔は少し開いていましたが、重め感はありませんでした。馬体重は2キロ増えていましたけれどね。
 道中は馬群の中に入っていましたが、少しかかり気味になってしまいました。でも、3,4コーナー中間では落ち着いてくれましたよ。。直線を向いてからは早めに抜け出しましたが、まだまだ手応えもありましたし、余裕もありました。直線での伸びは凄いものがありましたね。本番のダービーで僕の乗るナリタブライアンと互角の脚だったと思います。ナリタブライアンの強力なライバルになりそうですね。
 とにかくダービーまで無事に過ごしてほしいです。そしてダービーの晴れ舞台で、今度はライバルとしてナムラコクオーと再会することを楽しみにしています。これからも応援よろしくお願いします。

伊藤氏
 当日は競馬場に行っていまして、初めてこの馬の口取りをすることができました。いやもう、道中はヒヤヒヤでしたね。向正面では掛かってるし、3〜4コーナーではおっつけていたでしょう。それでも直線に向いてからはグイグイ伸びてくれて、ああ、力があるなあと思いました。ただひとつ距離の不安は持っていたんです。ダービーに向けて2400mはちょっと長いんじゃないか、と。それでもこのレースを見て大丈夫だろうという手ごたえは掴めました。
 よくここまできてくれたと思います。春のクラシックに名を連ねて、最後の18頭のところまできてくれたんですから、ほんとうによくやってくれました。生産者冥利に尽きるとはこのことで、次の馬でもまた同じ喜びを味わいたいという気持ちになりますね。仕事にハリが出てきました。

(以上、優駿)

南井騎手
 直線では早く仕掛けすぎたかと思ったけど、手応えがあったので大丈夫だと思った。最後はナリタブライアンと同じような脚を使ったね。本番では強力なライバルになるでしょう
(競馬報知)
 こうして、ナムラコクオーはナリタブライアンの唯一の対抗可能馬(こんなことを書いたらダブリンとかのファンに怒られそうですが)として、南井騎手の最大級の賛辞をうけつつ(競馬ブックの「まあ無事に…」の「まあ」が微妙に気になりますが)、ダービーに挑むのでした。
 かたやサクラスーパーオーに3馬身半。かたやヤシマソブリンに2馬身半。待ちに待った頂上決戦!!

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