嵐の岐阜城

 で,犬山から電車で岐阜へ。
 名鉄岐阜からJR岐阜に移動し,夕食の駅弁を購入。翌日に備えます。ちなみに,この日の岐阜競輪は台風で中止になっており,本来は日曜に決勝を見るはずが,1日ずれました。まあ,G1の準優勝戦は当然ガチの3着内争いをしてくれるので楽しいからいいんだけど。


(ちょっと期待してたのだけど)
夜景も中止!

 そんなわけで日にちが変わって日曜日。雨です。大雨です。台風なんだからそりゃそうです。
 そして,もう1つ残念なお知らせ。携帯の充電器を忘れてきたため,携帯の電池が死にかけています。というか,この日の早々に死にました。

 というわけで,まずは岐阜城を攻略です。携帯があればロープウェーが動いているのかどうか,ネットで調べるんですが,残念ながら文明の利器は力尽きているので,とりあえず乗り場に行かないとなにも分かりません。なので,とりあえず乗り場に向かいます。

 と書きつつ,例によって寄り道。円徳寺です。ここには道三戦で戦死した人々を葬った織田塚があったり,重文の楽市楽座制札があったりするようです。あまり長居せずに次へ。


 そして,いよいよ公園へ。まっすぐロープウェー乗り場に行くことも当然考えられるんですが,相変わらず寄り道癖が抜けません。台風の中ですが,寄り道します。

 すると,まず登場するのは板垣退助遭難の地。実は言ってないことで有名な台詞「板垣死すとも自由は死せず」の場所ですね。岐阜でやられたんだとは知らなかった。まあ,別に岐阜が特に反板垣だった,ってわけではないんでしょうが。

 そして,模擬冠木門を抜けて,織田信長居館跡。解説板が昭和63年作成なんですが,その後の発掘・調査・研究の動向が気になります。手元にある岐阜城の推定復元図が載ってる本を見ても,居館については触れられてないんだよなあ。と思っていたところ,まあまさか信長ほどの人物の居館の調査をしていないはずがなく,ちゃんと現在でも調査が行われていることが分かりました。岐阜にいないとなかなか成果の発表を聞きに行ったりはできないでしょうけれど,書籍化するなり,岐阜競輪開催に合わせて発表するなりしてくれると助かります。
 さらに,山内一豊・千代の婚礼の地碑。昔からあったのか,大河に合わせて作ったのか…。
 それにしても,板垣・信長・一豊と,時代がバラバラならがもいろいろな著名人にゆかりがあるんですな。


 さて,岐阜城の遺構探索の旅は続きます。雨も降り続きます。傘をさしているといっても所詮折りたたみですのでこの台風の風雨からしたら焼け石に水の感ありあり。体力的にも早くも消耗気味であります。
 で,井戸と天下布武の史跡。まあ,井戸の跡をみたところで当時の縄張りと照らし合わせないとその価値も何も分からんのですが…。そのあたりは勉強不足のまま乗り込んだ自分が悪いのです。どうも,平成11年に発掘された井戸のようですね。わりと最近だな。
 あわせて,日本庭園。晴れてたらもうちょっとゆっくりするところなのですが,この天気だとそれどころではないのでした。

井戸
もちろん上から見るだけでは,内部構造は分からない
天下布武印について 庭園

 さて,いよいよお待ちかね!ロープウェーです!というよりも,雨宿りです!なによりも雨宿り出来ることが嬉しい。
 実は,建物内に入るまでちゃんとロープウェーが動いているのかも分かってなかったわけですが,ちゃんと動いていました。さすが日本。台風対策は万全です。
 料金はいくらだったか忘れましたが,ネットで見る限り往復1000円くらいだったようです。高いですね。晴れていたら,かつ,競輪と同じ日に予定を入れていなかったら,歩いて登るんですが……。これはまた岐阜攻略の予定を組まないといかんなあ。

蛍とリスがいるのでしょうか? 顔出し 岐阜城絵図
誰の絵かな?
平成23年6月作成のジオラマ
訪問したのが平成23年9月なので
3ヶ月前にできたばかりです
注意事項3連発
安全最優先で動いてくれれば問題ありません
ゴンドラ

 そんなわけで,雷も落ちず,風の影響もたいして受けることなく,無事ロープウェーは到着しました。降りたところ,「イノシシ注意」の文字。熊は熊よけの鈴を鳴らすっていう注意方法がありますが,イノシシってどうすればいいんでしょうか。それとも注意してたら襲ってこないかわいい奴なのでしょうか。日本イノシシ学会の見解を教えて下さい。

イノシシ注意! この天気にしては
思ってたより見晴らしがいい
晴れてたらもっといいんだろうけど
金龍大神

 さて,冠木門をくぐって登城ルートを進みます。
 岐阜城は,知名度だけならおそらく日本で10本の指には入るんじゃないかと思うレベルの城なので(もちろん数えたわけじゃない),登城ルートはよく整備されています。台風の中でこれは助かる。台風の中高取城なんて死んでも登りたくないもんな。
 整備されておりますので,登城ルートに沿っていろいろな解説板があります。観光客を飽きさせないようにするための配慮ですね。
 歴代城主を眺めていて思ったのは,昨日「犬山の城主はよく分かってない」と思ったのに,実は岐阜城もよく分かっていなかったと言うことです。斎藤三代→信長信忠信孝のあと,池田だったんですね。関ヶ原で秀信がさくっと城を落とされたっていう印象しかなかった。てか,池田輝政期に天主(よく分からんけど,麓にあるのが天守で山上にあるのが天主だったらしいですね。これはちゃんと勉強しないといかんっぽいな…)が作られてたのか。岐阜城って山上には櫓みたいなのしかなかったんだと思い込んでた。

いざ行かん 道はなだらか 歴代城主 冠木門はあくまで偉業を
讃えるためのものであり,
かつてあったわけではないっぽい
上格子門跡
岐阜城の歴史
雨に打たれてぶれずに写真を撮る
気力が失われております
馬場跡の解説
英語訳は若干直訳過ぎないだろうか…
とりあえず,「Baba」が"Horseback riding Ground"のことだというのを
書いた方が親切だと思うんですが…
馬場跡

 今思うと,結構いろいろ遺構が残ってたんだな。台風の中いちいち立ち止まって写真撮った自分を褒めてあげたい。でも,多分斎藤期・信長期・信忠期・池田期・秀信期で遺構がいろいろ違ってそうなので,どの時代をベースにするか,結構悩ましいんじゃなかろうか…。

二の丸門跡
冠木門になってるってことは,どういう門だったか
分かってないってことなのかな?
閻魔堂
なぜ入試必勝がトップに来るのか
よく分からない
あと,閻魔堂の由緒がなくて残念
題目塚
最後にさらっと「斎藤道三・織田信長はともに日蓮信者である」
と断言してますが,安土宗論とかを見るに(見てないけど),
そこまで断言していいのか若干疑問がないわけでもない
地図
もととなった絵図が気になる
歴史その2 金銘水へ寄り道
寄り道すべき天気でなかったため,金銘水の写真が大惨事に
撮影スポット 織田三代
信忠期のことはあまり触れず
知名度的にやむなしか

 さて,よーやく天主に到達です。早く風雨をしのげる場所に入りたい。
 てことで,ビニール幕でガードされた天主に入ります。いやぁ,台風ってやっぱり舐めたらいかんね。

お城時計
これは江戸前期のもののイメージとのこと
早く入りたい!! 岐阜城の由来
最後に筆が滑って
「織田信長の頃の壮麗な
天守閣の姿を再現」と
書いちゃってますが,ご愛敬
中はコンクリ天主です
窓から外を見る
もはやなにがなんだか
下に見えるは岐阜城史料館 扉は多くが閉鎖されてます 油断するとすぐに見えなくなる 敵が襲ってきても分かりませんね

 さて,天主内で風雨をしのぐのはいいんですが,このまま籠城してもらちがあきません。てことで,撃って出ます。目的地は岐阜城史料館。なんで天主と史料館が分離しているのか,おそらく櫓を再現建築するにあたって,単に櫓を作るだけじゃ予算が下りず,史料館か何かにかこつける必要があったんではないかと推察いたします。
 この史料館もコンクリ櫓です。まあ,作られた時期的に仕方ないですね。





撃って出ます 石が見事なんですが,
これはもともとここに?
もはやなんだったか
全く記憶に無い
岐阜城史料館
国盗り物語を機に作られたようです
子供が乗って遊んだ子馬
表情がなんともひょうきん

 で,櫓も1階だけなので,たいして籠城できません。破れかぶれで再度撃って出ます。な〜に,死にやしない。
 で,撃って出たとか悲壮な覚悟であるかの表現を使いつつ,やっぱり寄り道します。でも,携帯も電池切れしているので,ほんと一歩間違ったら大惨事になるんだよな。

風雨の中,突撃! 本丸井戸 千成瓢箪発祥の地
具体的にこの場所ってわけではないんでしょうが,
稲葉山城攻めのときだったっていう説は強いみたいですね
さらに進む 展望ビアガーデンからの景色

 そんなわけで,無事ロープウェー乗り場に戻ることができました。もちろん,帰るまでが登城です。むしろ,上でロープウェーが止まった,なんてことになったら大惨事。
 ですが,ここは日本。さすがです。ちゃんと動いてました。無事下山。
 で,ここで大事な仕事。競輪がちゃんと開催されているのか確認しないといけません。で,ラッキーなことにここにはタウンページがついた公衆電話がありました。さすが老若男女が訪れる岐阜城ロープウェーです。助かった。ちなみに,ご存じの方はご存じだと思いますが(←あたりまえ),NPは未だに公衆電話を使う人間で,テレホンカードも数枚常備しているのです。
 で,タウンページで競輪場の電話番号を調べて開催されていることを確認。よかった!岐阜まできた甲斐があった!!

 しかし,ここで岐阜競輪場に直行せずにさらに寄り道するのが悪い癖。
 目指すは岐阜大仏。晴れてれば徒歩10分弱の道のりなんてなんてことないんでしょうが,この雨の中だときついです。でもまあ,せっかくここまで来たんだから,見ておきたいですよね。
 ってことで,大仏様を拝みます。大仏様を拝めることよりも,風雨をしのげることの方がありがたかったりしますが,まあ気にしない気にしない。
 この近くには斎藤氏の菩提寺もあり,どうも道三像・義龍像が重文指定されているようですが(龍興は?),残念ながらこの日は公開されておりませんでした。この日は,と書きましたが,そもそも一般公開されてるかも分かってません。


層塔型の大仏殿
 
とりあえずこの日は閉門

 さて,さすがに伊奈波神社(実は,この神社の名前を聞いたときにぱっと稲葉山城と結びつきませんでした。なにやってんだか)に行く時間的精神的余裕はなく,ここで岐阜町歩きは終了です。いよいよ競輪場へ。

犬山その2岐阜競輪

旅行記テーマ別旅行記