宮崎旅行記2013その3(飫肥街めぐり編)

 続いて,駐輪場に向かう道中にある豫章館へ。現地ではなぜか「ようしょかん」だと思い込んでいたのですが,漢字を見れば明らかに「よしょうかん」ですな。まあ,共通チケットを持って一人旅をしている限り,口に出してここの名前を発する機会などないので,特に恥をかくこともなかったんですが。

 さて,この豫章館,武家屋敷と枯山水庭園で著名なようです。武家屋敷として著名なんだから当然中には入れるんだろうと思っていたら,中には入れないとのこと。普段だったら別にそれでいいんですが,小雨ぱらつく中でそれはちょっとつらい。ということで,駆け足でぐるっとまわっておしまい。せめて枯山水庭園をゆっくり眺めるくらいの心の余裕があったら自分が人間としてどれだけ大きくなれただろうかと思うところなのですが,残念ながらここも慌ただしくスルー(縁側にほかの観光客がおられ,それを待つのも面倒だったのです。時間的な余裕がなかったってのが最大の理由だけど)。まあ,庭園に関しても所詮はニワカですから,こんなもんです。


 さて,いよいよ自転車が役に立つときがやってきました。続いては五百祀神社。どうも伊東氏累代墓所がある神社ということで,いろいろ時代的なあれこれがあったと推察されます。

 そんなわけで,到着。もっと堂々とした鳥居が出迎えてくれるものだと勝手に思い込んでいたので,案外質素な鳥居にびっくり。
 ただ,脇には「平成24年度教化モデル神社」というお札が立っており,神社本庁としてもこの神社に思い入れがあるようです。それにしても,神社って教化するとかしないとかそういう類の俗世間的作業から離れた存在だと思っていたので,こういうことをやってるってのは新鮮な驚きでした。他にどこがあるんだろうと思って検索してみたのですが,とりあえず,「神社振興対策教化モデル神社」というのが存在することは分かったものの,別に神社本庁がリストアップして大々的に宣伝しているというわけではなさそうです。

 さて,そんな神社本庁の資金繰り事情はさておくとして,とりあえず現地に行って知ったのが,ここはもともとは報恩寺というお寺だったということ。まあ,お墓があるんだからもともとお寺だったことは明らかなんですが,廃仏毀釈で完全にやられたのでしょうね。ですが,寺院の跡地を更地にするのではなく跡地に神社を建ててお墓を残すあたりに,祖先を大事にするこのあたりの人々の信仰感がみてとれるような気がします。
 そして,報恩寺の庭園が残っており,しかもその庭園は,山の斜面に三連の石橋が架けられるという珍しい意匠があるとのこと。面白い庭園だな,というのは解説を見る前から思っていたのですが,解説を見ないと三連の石橋に気付かないところだった。この三連の石橋,仏教的な意味があったりするんですかね?
 なんにせよ,こういう予想外なものが見られたのはよかったよかった。急造庭園マニアとしても嬉しい限りです。
 そして,肝心の伊東家墓所は神社の裏側にあります。お墓よりも,お墓の入口に立つ一対の仁王石像の姿が凛々しくていいですね。よくぞ破壊されなかったものです。あと,この像は片手を肩に持っていってますが,これって余所ではあまり見ない気がします(後述の通り宮崎神宮で見ましたが)。
 ※こちらのサイトによると,どうもこの仁王像はこの辺りで有名な串間円立院という仏師がつくったもののようです。へぇ〜。今更ながらインターネットって凄いな。


質素な鳥居

教化モデル神社

神橋,という扱いなのか?
寺院時代からあったのかな

獏は新しく付け替えたのかな?

参道沿いの礎石が気になります
かつては何があったんでしょう?

手水舎
 
特徴的な姿勢の仁王像

何が彫られているのか
よく分からず

橋から川を眺める

 さて,五百祀神社で思っていたよりも面白いものを見ることができたので,若干満足げに,しかし時間が危なくなっているなかで(なにせ自転車を返せないばかりか鞄を没収されるリスクまで背負っている。あるいは逆に観光協会の方を無意味に残業させるわけにもいかんし),続いては城の反対側,田の上八幡神社。ここは何があるという事前情報もなかったのですが,この手の古い城下町の神社なので何があるかはいってからのお楽しみであります。
 で,自転車をキコキコさせながら進んでいきます。慣れない自転車ということもあり,雨の中若干危なっかしいなあと自分でも思っていたところ……側溝の鉄蓋に前輪が滑って思いっきり転びました。まあ,自分でも危ないな,と重いながらスピード落としてたので特に二次被害(自分も他人も)はなかったんですがね。前年(2012年)は自転車で転んだ記憶がないので,自転車で転ぶのは2年強ぶりかな。例によって思いっきり膝をすりむいたので,ズボンが1本死にましたが,まあこのズボン自体かなり長い間使ってたものなので,捨てるいいきっかけになりました。なんにせよ,雨の日の自転車は危険ですよ,という当たり前のことを再確認。

 で,気を取り直して田の上八幡宮。
 とりあえず歴史的遺構?として,伊東祐兵手植えの樟がありました。うむ,まあ大楠はわりと多く見てるのでそこまで感動はないんですが,とりあえず何かあったので満足。

 で,自分は古代史について無知なんですが,この神社の由緒書を読むと,大和朝廷vs隼人の争いの中で,隼人側の弥五郎伝説が生まれていったようです。歴史的な通説と地域伝承と神話とがごちゃ混ぜになってるのが嫌で古代史には手をつけてないんですが,この辺りの話は結構面白そう。なんか「10分で分かる隼人の本」みたいなのないですかね。
 あと,前々から宇佐神宮や国東半島の寺院には行ってみたいんだよな。なかなか時間が取れない上に,この辺りには(公営競技場が)特になにもないからどうしても行くのが後回しになってしまいます。


おあしす

なんか面白い建物

破れたズボン


鳥居

階段脇に奉納された灯籠

ぶれた
   
このあたりは仏教的な香りが残ってます
別当寺はなくなったのでしょうか?

 そんなこんなで,あとは昔ながらの町並みを進みながらもといた駐車場に戻ります。
 なんとか制限時間ぎりぎりで自転車を返して鞄を回収することに成功。よかったよかった(ただ,観光協会の方に余計な心配を掛けていたようで,反省であります)。

  
このあたりの堀もなかなか趣があります
 
四半的の体験もできます

トラブルが多いみたいです

 さて,あとは駅に戻るのみです。バスは既に無く,タクることも若干頭をよぎりましたが(一応駐車場に1台いた),とりあえず電車まで時間もある上に終電まではさらに時間がありそうなので歩くことにします。で,駅までえっちらえっちら歩いていると,右手に巨大な鳥居が登場。さっきの五百祀神社はなんだったのか,というくらいの立派な鳥居です。社号標には岩崎稲荷とあります。
 Google Mapで見ると,どうも神社はここからそこそこ歩いた先にあるようです。行くか行かぬか,若干迷ったのですが,とりあえずこれだけ大きな鳥居があるからにはなにか面白い神社かもしれない,ということで行ってみることにしました。まあ,大鳥居での失敗は過去に臼杵でやらかしたことがあるので,若干不安ではあったのですが……。

 さて,神社へは簡易な踏切を渡って登っていくことになります。ううむ,疲れてるのに…。
 てことで,ひぃひぃいいながら,また段々暗くなってくることに不安を覚えながら,歩いて行きます。神社に向かってるのに,道中出てる案内板が願成就寺(←凄い名前だ)の「赤面法印」であるというあたりがまた恐ろしい。
 そして,なんとか神社に着きました。いやぁ,疲れた。ただ,写真の情報を見てると10分も歩いてないんだよな……。

 で,肝心の赤面法印・願成就寺はてっきりこの神社脇にあるんだろうと思っていたら…どうもそこそこ歩かないとダメっぽい様子。外が暗くなってきていることもあり,さすがにこれは断念。てことで,元来た道を降りていきます。この下り階段がこれまた難物で,苔むしている上に雨で濡れており,とても滑りやすいです。……実際僕も滑りました。さっき自転車でこけてるのになにやってるんだか。


大鳥居

赤面法印墓の解説

踏切を渡っていく

鳥居
 
拝殿

本殿
屋根がかかってるってことは,
若干ガタがきてるのかな?
 
一七二水

上にも社殿

ここからの眺め

滑りやすい下り階段

 そんなわけで,無事飫肥駅に到達。JR九州だからなんか面白い電車がくるのかと思ったら,普通の電車でした。あ,いや,電車じゃなくて云々というツッコミは期待してませんので。

 で,晩ご飯なのですが,検索したところ「青空」というお店がもも焼持ち帰り可能なようなので,これを買って帰ることにしました。問題はここからホテルまでのアシですが,バスルートがこの時点で分かってなかったので(今となっては宮崎交通のバスはほぼ全てホテル近くに止まることは分かってるんだけど),本来乗るべきものに乗らず,途中までひたすら歩いて流しのタクシーを拾いました。結構歩いたあとで拾ったタクシーでしたが,ワンメーターでは到達できなかったので,時間と体力の節約っていう観点からはタクって正解だったかな。

飫肥駅 もも焼
歯ごたえがあっておいしい!!
しかも凄いボリューム!
これは凄い。宮崎に住んでたらメタボになる自信あり!!

 ホテルではもも焼(と,お店近くのセブンで買った白米)を食べながら日本シリーズ観戦。
 今年初めて野球中継をしっかり見た気がします。よりによってそれがマー君が負ける試合とは。

その2(飫肥城)その4(綾城)

旅行記TOPテーマ別


宮崎旅行記2013
鵜戸飫肥城飫肥綾町宮崎競馬場青島宮崎神宮綾競馬