たまには多摩の七福神

 昨年は港七福神を歩いてみたわけですが,年明け早々から七福神を回るといい運動になることが分かったので,今年もまわってみることにしました。今年は都会だった昨年とはうって変わって田舎の日野七福神であります。自分が日野でガキだったころはまだこんなイベントはなく,どうも平成12年頃に新たに創設されたようです。七福神というと,神社とお寺が混然となっている地域(港がまさにそうだな)もありますが,ここ日野では寺院のみ。古くからある七福神だと,神仏習合の名残があるんでしょうが,新しい七福神だと神社と寺院とでいろいろ割り振るのが大変なんじゃないかと思われます。とはいえ,日野に七福神イベントがなかった頃,たとえば善生寺の大黒様のお堂があったかどうか,全く記憶にないのであります。多分新設されたんじゃないかと思われますが,どうなんだろうか。新たにお堂作って七福神をお祀りするんだとすれば,なおさら強烈に音頭を取る人がいないとだめだよなあ。となると,寺院だけになるのも致し方なしかと思います。
 実際には,観光協会主催っぽいですね。

 そんなわけで,どういうルートでまわるか迷いましたが,西から攻めることにしました。なお,2日かけてまわってまして,写真が前後してたりしますが突っ込んではいけない。あと,基本的には自転車利用です。最後だけ高幡百草園間で電車利用。


番外1.平山季重神社

 今年も番外から。なにかないと訪問する気にならない平山城址公園と平山季重神社へ。
 平山城址公園駅から公園は近いのかと思ってたら,想像以上に距離がありました。距離があるだけなら特に問題はないのですが,高低差が結構あります。自転車で乗り込んでおりますので,この高低差は楽ではありません。まあ,箱根駅伝やってる裏でのことなので,贅沢は言っていられません。
 日野市のホームページでは,なぜかここが最後におまけのように掲載されております。多分平成17年建替えの際に載ったんでしょうね。

下に自転車を停めて
階段を上がっていく
平山神社
鳥居をくぐって180度まわります
賽銭泥棒発生
こんな山の上の神社だと
入ってる賽銭も少額だと
思うんだよな……
おやしろ 平山季重 角度を変えて
平成17年に立替えたようです 狛犬・鳥居は平成18年 鳥居から平山城址公園方向を
見た様子

番外2.平山城址公園

 駅名にもなっている平山城址公園。この近くにある片倉城址公園と並び,近所の城趾でありますが,いかんせんガキにとって城=天守でありましたので,「城趾といいつつ城がないじゃないか。行っても意味がない」としか思っていなかったのであります。てなわけで,片倉には行って後悔,平山は未訪だったのであります。
 そんなわけで,大人になって初平山。
 ところで,この平山城址公園。自分がこれまで無縁だったのでてっきり誰もいないんだろうと思っていたら,案外人が歩いていました。どうもハイキングコースとなっているようではありますが,ちょっとびっくりでありました。この日は公園内でサックスの練習をしている方がおられました。サックスの音色を聞きつつ歩くのもいいですね。

 で,平山城址公園ですが,案内板はあれど,公園紹介のみで,特段「平山城」がどういう縄張りでどういう構造であったかについての説明は全くなされておりません。ううむ,これは困った。いかんせん中世前半期の城郭構造やその特徴なんて全然知らないわけですから,なんらかの説明がないととりあえず目の前にある出っ張りをすべて土塁扱いして,窪みをすべて堀扱いして,平地があればすべて曲輪と認定する以外の方法がありません。
 やる気があってしかも準地元なんだったら図書館にでもこもって関連資料探すくらいのことはすべきなんだろうな,本当は。しかしまあ,こちとら急造お城マニアですからそんなことはしないのでありました。さらに,なによりこれから七福神を巡らないといけないので,とりあえず坂をあまり下らない程度にちょっと歩き回って退散させていただきました。南無三。


散策コースの案内 城郭の案内かと思ったら,公園の案内と地図でした
尾根部分に見張所があったようです
ここには何が入っていたのか トイレに犬のフンを流すと
トイレが詰まるんですね
食べてるものが違うのだろうか
見張所があったかもしれない場所から
尾根の下方向を眺めてみた
尾根上部から入口方向を見る 皇太子様ご結婚記念 転ばぬ先の杖
公園はまだまだ先があるようですが
七福神にもまだまだ先があるので
この日はこれにて退却

その1.宗印寺(布袋)

 そんなわけで,宗印寺であります。平山城址公園から思いっきり坂を下っていったところ,北野街道までおりてしまい,また宗印寺に向けて坂を登る羽目になったのは誤算でした……。まあ,いい運動ともいえます。

 まずは例によって本堂にお参り。そして布袋さんは右手の上がったところにおられます。ここには布袋さんの他にも平山季重坐像が鎮座するお堂もあり,さらには平山季重のお墓も。宗印寺のことは全く理解せずにここに来ましたが,平山氏の歴史を見守ってきた寺院なんでしょうね。
 陸稲についてはよく知らなかったのですが,JA東京中央会のホームページでも紹介されておりました。このページだと八幡神社が合わせて紹介されておりますが,八幡神社と平山陸稲との関係がよく分かりません。八幡神社の場所も分かってないので今回は行きませんでしたが,現地に行ったらなにか関係が分かるのかな。それとも,JAと寺院がケンカしてたりするのだろうか。
 寺院の裏手にもいろいろあります。
 まずは平山天神宮。寺院裏に天神があるんですね。神仏習合の名残なんでしょうが,神仏分離・廃仏毀釈時に宗印寺はあまり損害はなかったんでしょうか。それにしても,こういう社のない天神様,それでいて菅原さん?の石像がある天神様ってのは初めて見るような気がします。そして,天神様につきものの牛ですが,この牛の造形が細かい。牛の表面が細かくギザギザ。牛についている綱もしっかりと彫り込まれています。こんな牛は初めて見たと断言できます。これを奉納した方の思いの強さが伝わってきます。そういえば,狛犬をまとめたサイトは多いですが,牛をまとめたサイトはあるんでしょうか。パッと検索しただけだと見つからんな。
 そして,その脇に石塔や灯籠,石仏が多数奉納されておりました。日航機の慰霊碑なんかもあります。犠牲になった方が近くにおられたのでしょうか。
 さらに,緑色の鳥居があったので階段をのぼっていきました。ここにも西国の文字が刻まれた仏像。探せば他の場所にも西国の番号のついた石仏があるのかな。

 ……とまあ,こんな感じにいろいろとお堂があって気になったので,お寺の縁起200円を買ってみました。住職さんも値段を忘れていたのであまり買う人はいないんだろうな。昭和50年4月1日発行のものでした。できればお寺内部の地図を載せてほしかったのですが,平山地区の略図があるのみでした。
 で,縁起を読むに,明治初期にお寺は荒廃していたとのことなので,やはり廃仏毀釈の影響を受けたのでしょうね。薬師堂・如意輪堂・秋葉堂の名前が挙がっているので,どれかがどれかなのだろうと思われます。

宗印禅寺 山門 本堂 右手の台上に布袋さん 文化財一覧
中には平山季重坐像や
日奉地蔵など
地蔵が並ぶ 水子地蔵 西国17番
西国とどういう関係があるんでしょ?
平山季重のお墓
愛染明王 六地蔵かな? 林丈太郎氏の墓碑 布袋尊
平山天神。牛の造形が細かい 石塔,灯籠,石仏。数多く奉納されております
鳥居 萬福皇大神縁起 中腹にあった法源堂 その内部 石仏 いろいろと剥がれ落ちてます
西国第16番 頂上部 左手のお堂 右手 左に弁天天神
右の社
顔の大きさと手の小ささが
なんとなくかわいらしい

番外3.浅川グラウンド

浅川グラウンド
 番外,といっても単に懐かしスポットというだけですが。僕はここでサッカー習ってました。リトルリーグの練習もここで行われております。正月は凧揚げが行われる場所として,貴重なスペースであります。たしかどんど焼(つい先日まで「どんと」焼だと思ってた)もここですよね。

その2.善生寺(大黒天)

 続いて善生寺です。
 ここは昔からNPが出入りしておりましたが,大仏が出来てからはあまり立ち入ってなかったんだよなあ。
 いかんせん出入りしていた時期は特にお寺やその付属物に興味がなかったので,単にここから若宮神社に抜ける墓地横の小道を夜に歩くとなかなか怖い(お化けや幽霊,ではなく,単に下に木の根っこや石がゴロゴロしてるのに明かりがないから)なあってことと,あとは適宜ガキどもがあちこち駆け回るスペースだったってだけであります。

 今見てみると,なかなかお金があるんだろうな,という感じの新しめの石仏やらなんやらがたくさんあります。いつ頃寄進されたのかちょっと興味あるな。だれか熱心な檀家さんがおられるのでしょうか。あと,去年は大仏の台座のドアが開いてたような気がするのですが,今年は鍵が閉まっておりました。
 釈尊と10大弟子の像を見ていて思ったのは,仏教ってここまで日本に浸透してるのに,キリストとその弟子の方が日本国内で有名なのではないか,ということです。ただ,NPがキリスト弟子を知ってるのはNPが某国で習ったことがあるから,である可能性も否定できません。

 吹上大仏ですが,まあ出来た当時は「こんなもん作って,相変わらず坊主は金持ちだなあ」てなもんで,なんか逆に大仏に近寄れなかったんだよな。そんなこんなで,地元民ながら大仏の台座にまで上がるのは今年で2回目。マニアな皆様からはそれなりに評判がよさそうなので,今となっては地元民的にはOKであります。個人的に気になってるのは,吹上大仏裏の道路が区画整理にに失敗している感ありありのままずっと変わらないことであります。まあ,ここをショートカットして若宮神社境内に入る道は地元民的には懐かしの道であります。

自転車の練習をした小道
ここでは乗れなかったのに,
若宮神社の参道では乗れていた
時期がありました
入る 大久山
石で出来ていても
冠木門というのでしょうか
おそらく,仏教的には
意味のあるんだろうと思う
2体の象
釈尊と10大弟子
本堂 愛染明王 (-人-) 日蓮さん 後ろに人が迫ってたので
慌てて撮ったらこんな惨事に
右手にも大黒天
寺子屋・小学校跡地
豊田小学校の前身が
ここにあったのかな?
毎年この時期には
二宮さんの本の上に
餅が置かれ,
二宮さんの勉学の
妨げとなっているのであります
仏教的にも勉強といったら
牛なのかな。

前のふくろう(多分教師と生徒)が
非常にかわゆい
750年
昔からこんなに綺麗だったかなあ
どうも,吹上大仏様の
手に触れるための
もののようです
七福神と宝船 水鉢の上に寝転ぶタヌキ 裏手に回って,大仏へ 不動明王 見上げる 仰ぐところは釈迦仏
台座を見上げる 横から 下から 豊田の景色 境内にお稲荷さんが
第2代シャール君
ここに眠る,とのこと


番外4.中央大学陸上部東豊田寮

 間が悪いことこの上ないのではありますが,2013年まさかの箱根駅伝5区棄権という結果に終わった中央大学陸上部長距離部門。その選手達が練習拠点としている中大東豊田寮であります。この寮が出来る前から,周囲を走っている選手達の姿はよく目にしておりました(あとこのあたりだとコニカミノルタの選手もよく見ますね)。今回の結果をバネにまた頑張ってもらいたいものです。


その3.延命寺(寿老尊)

 堀之内のあたりも,昔と変わりました。道が狭いのは相変わらずですが。あずまやがつぶれたということは風の噂では耳にしてましたが,本当になくなってますね。
 そんなわけで,延命寺。
 駐車場が広々しております。見たところ本堂は新しいように見えたのですが,いつごろつくられたのかな。
 ここもいろいろな仏像が鎮座されていて,しかも解説がしっかりしているので見ていて飽きません。こういうのは参拝していて楽しいですね。

延命寺 本堂 外から 阿川先生文齊先生碑文
普門品供養
1文字目の梵字を「不」と読んだ
無知なNPでありました
平和観世音菩薩 水子地蔵について
単なる中絶や幼児死亡のみならず
「間引き」の存在をも正面から認めている,
ご住職の思いの詰まった説明書だと思います
阿川地蔵
板碑 六道地蔵尊 寿老尊

番外5.日枝神社

 延命寺本堂を参拝していたところ,裏手に神社が見えたのであわせて参拝。してみました。
 なんだかんだいってもお寺と神社はワンセットなんですねえ。

 完全に無住の神社で,三が日にもかかわらず初詣の痕跡も皆無なので,もしかしたら入ったらいけないのかと不安になります(参道には初詣の幟が出てましたが)。1月1日から3日にかけてのどこかで,神社の方か近所の方かが綺麗に掃除されたんだろうなあ。

 なお,このころよりデジカメの電池が「もうすぐ死ぬ」と宣言を開始しまして,年末に電池を持ち帰っていなかったためにこれ以降完全省エネモードに突入しました。ううむ,百草近辺は勿体なかったな。

鳥居 拝殿 斜めから 灯籠

番外6.北野神社

 さらに,GoogleMap氏曰く,次の目的地までの間に北野神社があるとのことなので寄ってみました。ここもきわめて静かです。北野神社というと,無学なNPはすぐに菅原氏と結びつけてしまうのでありますが,ここにはあまり菅原的奉納品もなく,「よく分からない(額の文字を読む能力すらない)」という以上のコメントをつけられないのでありました。無知無学って嫌ですね。

参拝者以外無断立入厳禁 鳥居 拝殿

その4.安養寺(毘沙門天)

 続いて,安養寺。この辺に来るともはやNPのテリトリーから大きく外れ(学区も変わるはず),「人生で初めて通る道」のオンパレードであります。GoogleMapさんがいなかったら即死です。あと,この近所にはあちこちに臨時駐車場があって何かと思っていたら,どうも高幡不動参拝のための臨時駐車場ではないかと思われました。近所に住んでると「こんな遠くに駐車してまで行く場所なのか」としか思えないのでありますが,やはり関東三大不動ともなると違うんだろうなあ。

 そんなわけで安養寺ですが,駐輪場がないので,道路脇にちょっと停めさせていただいたところ,境内山門前に駐輪スペースがありました。薬師堂?が山門の外にあるという伽藍配置なんですね。ところで,門柱に貫がかかると冠木門ですが、門柱しかない門ってなんと呼ぶのでしょう。無学すぎて分かりません。

 どうも毘沙門天は普段は別のところにいるようですが,七福神の時期のみ薬師堂にて開陳されているとのことです。
 四国にいると真言宗(というよりも弘法大師)の影響がきわめて強く感じられましたが,東京ではそこまででもないので(まあ高幡は真言宗なんだけど),久々に弘法大師像を見るとなんとなく懐かしさを覚えるのでありました。

安養寺へ 山門 本堂
解説文に英語もいれた市の教育委員会のやる気が凄いと思う
地蔵 灯籠と石塔
南無大師遍昭金剛 薬師堂 毘沙門天
こっちは日本語のみです
薬師堂裏手
無縁仏かな?
その先にはおそらく動物用のお墓
まだあまり使われていない様子

 この近くに八幡神社があることは認識しつつも,時間が無いので石田寺へ。

その5.石田寺(福禄寿)

 そして,石田寺。石田というとなんとなく土方歳三なのではありますが,この石田寺がどこまで土方氏と関係あるのかはよく知りません。
 きれいな六地蔵が奉納されておりましたが,このあたりは六地蔵を奉納する人が多いのか,それとも「○○さんが○○寺に六地蔵を奉納したらしいぞ」「こっちも負けていられるか」的なつばぜり合いがあったのでしょうか。
 市指定天然記念物のカヤなんですが,カヤって「茅葺き屋根」などでよく名前は耳にするものの,記念物指定されているカヤは初めて見たかもしれないなあ。


山門 山門脇の地蔵 鬼瓦 六地蔵 カヤ
本堂 北向観音堂
勝負運がついても、金杯はマイナススタート
光輪堂の中

番外7.庚申塔

 そんなわけで,4時をまわったので1日目終了(経験則上高幡は5時までいけるのは知ってますが,まあ気にしない)。
 帰宅途中,道ばたに庚申供養の碑がたてられておりました。庚申信仰については全く分かっていないので,「こんなのあるんだ」以上のコメントをつけようがありませんが。
 庚申講はどうも道教の影響をうけたものらしいですが,道教がどういうものなのか,無学すぎてよく分かりません。
 日野市のレファレンスページを見ると,Q11に石仏や庚申塔についての項目があり,庚申塔を研究されている方は相当数いらっしゃるんだろうなあ。

これは石田寺の近く これは浅川沿い

番外8.石明神社

 ここをお参りしたときは石明神社の「石」は石田の石なんだろうと思っていたのですが,どうも日野市のホームページを読むに,かつては「堰大明神」だったようなので,堰→石の可能性が高そうですね。まあ,そんなことはいいのですが,これだけまわると小銭が力尽きかけていて,これ以上神社があると大惨事(あるいは無賽銭)となりかねなかったところでありました。

石明神社
左手には小さな公園
鳥居 拝殿 斜めから

番外9.ふれあい橋

 特に意味があるわけではないのだけれど。かなり久々にふれあい橋を見ましたが,古くなったな−。


その6.高幡不動(弁財天)

 日が変わって高幡不動。
 三が日を外れた平日だったので,混雑度は常識の範囲内でした。勝手知ったる高幡なので,この日は本堂と弁天だけ。

謹賀新年 奥に本堂 弁天橋 弁天 バックに五重塔を無理矢理入れる ザリガニ・ミドリガメ禁止 タイル煉瓦組合

番外10.大宮神社

 さて,高幡→百草園は電車で移動。人生初の百草園下車だと思います。
 まずは大宮神社。電車移動で元気なので,階段も苦になりません。ただ,階段は年季が入っていて,特にお年寄りなんかは危ないんじゃなかろうか。ここに並んで初詣とかはしたくないな。

大宮神社鳥居 馬頭観音
なぜここに
階段の様子 拝殿 小さく「大宮神社」の張り紙
窓が一部割れてるのは大丈夫なのかな?

その7.真照寺(恵比寿天)

 いよいよラスト。ちょっと奥まったところに入った真照寺です。
 久しぶりに意識的に霜柱を踏んだ気がします。他の場所よりも百草園の気温が低いのか,この日が寒かったのかはちょっとよく分かりません。
 めでたく七福神参り終了。最後に電車で楽をしたことと,昨年は1日で実質9カ寺まわってるので,そこまで感慨もないのだけれど。
 日野の七福神をまわって思ったのは,比較的若めの方が多く,対応が非常に丁寧だったこと。新年をとても気持ちよくスタートできました(念のため書いておきますが,昨年の港との比較ではなく,絶対評価としての問題です。さらに念のため書くと,昨年の港区も非常にいい気持ちで回れました)。今回は時間的場所的問題から自転車+電車でまわりましたが,新年早々それなりの運動をするのはいろいろな意味でいいことだと思うので,今後もどこかしらまわりたいものです。
 あと,すべてお寺だったことが関係しているのかもしれませんが,おそらく高幡不動以外はすべての七福神が開陳されていたのではないかと思われます。これも嬉しいですね。
 まわってる人を見るに,基本的には家族連れか老夫婦が多く,30代男子一人者はほかに一人しかみなかったな(但し,きちんとした自転車に乗っておられたスポーツマンのような方で,メタボNPとは全然違いました)。

石標
下に置かれている2個の石が
ちょっと気になる
山門 御縁起
「高幡山金剛寺と同じ宗派」
という解説の仕方が興味深い
供養塔 聖徳太子 ここにも六地蔵
観音様 霜柱 本堂 遍路大師
遍路大師の解説 恵比寿堂 お堂の並び 恵比寿天

 さて,最終目的地の百草園を目指します。

番外11.三沢砂土緑地

 百草園に行く途中に看板が出ていた,三沢砂土緑地。登り口の地蔵堂(東光寺跡)というのは,帰りがけにみつけた地蔵堂のことなんだろうな。
 立札はいまいち東光寺跡を解説したいのか緑地を解説したいのかはっきりしない文章になってます。この近所にお住まいの東光寺ゆかりの方が起案したのかもしれませんね。


番外12.百草八幡神社

 百草園への道は,最初はなだらかな坂から始まるのですが,「あとひといき」という看板を過ぎると,唐突に坂が急になります。松連坂というらしいです。松連寺に由来するんでしょうね。箱根駅伝を見ていても思いますが,お寺の名前がついた坂って多いですね。豊田にも「寺坂」と名のつく坂がありますが,あそこにもかつてはお寺があったのだろうな。
 ううむ,百草園ってもっと駅から近いのかと思ってた。あと,新年4日から営業なのですが,もっと訪問者が多く,時間も時間なので帰路の人とすれ違うかと思っていたら,そんな気配皆無でした。
 百草園の入口をいったんパスして,まずは百草八幡神社に向かいます。
 百草八幡神社は摂社がいくつもある,わりと大きめの神社でありました。日が陰ってきていて暗くなっておりましたが,電池と格闘中なためにブレブレな状態であきらめております。

あとひといき
ここからがきつい
松連坂
写真だときつさが伝わらないなあ
八幡下公園
解説板を作るのはいいのですが
公園ではなく神社の解説しかしてないよなあ
鳥居と階段 謹賀新年
拝殿 秋葉・稲荷・御嶽
どれがどれだかはよく分からず
阿弥陀如来像……が入っているはず
年に1回公開されているようです

これをみると,かつてここに真慈悲寺という
お寺があったみたいですね。へぇ〜。
果てしなく
ピント合わず
松連寺の碑と,その解説
郷土資料館と教育委員会の関係は分からないので
どういう経緯で郷土資料館がこんな詳細な
解説文を書いたのかは不明ですが,
ここまで詳細なものを書く必要は果たしてあったのか&
それを掲示する場所としてここが適切なのか…

番外13.京王百草園

 また来た道を戻らないといけないのか,と思っていたら,百草八幡神社に百草園への入口がありました。よかったよかった。
 ただ,料金所には誰もおらず,お金を払ったことも証明しようがないという状態。係員に何か言われたらどうしよう,とか思っていましたが,そもそも今日この料金箱に300円入れたのが自分だけではないかという音がしたので,まあいざとなったら証明できるかなと思ったのでした(不安だったのでお金を入れる写真を撮ったりしました)。

 この近辺にいると,「百草園」という名前は耳にしますし,どうも梅が有名らしいということも耳にします。ですが,それ以外の時期もそこそこ人は入っているんだろうと思っていたわけです。だからこそ料金の不安とかもあったわけで。百草園たるもの,正月3が日あけないと苦情来るんじゃないの?京王も儲けられるときに儲けなくて大丈夫?とか余計な心配してたのです(今回の七福神を西から攻めたのは,4日に百草園に行くため)。
 ところが,行ってびっくり。来園者はNPのほかに家族連れ1組だけ。儲けどころか,京王は大赤字なんじゃないでしょうか。大丈夫なのかこれは。
 ちなみに,そば屋は営業してましたし,正門には受付のおじさんがおられまして,掃除している人もおりました。よって,少なくとも来客者と施設側の人数比はほぼ1:1かと思われます。もちろん,午前中にどれだけ来園者があったか知らないですが。あと,せっかく2013年開園初日なんだから,JRAばりになにかくれてもよかったのにな。この赤字施設にそんな余裕はないだろうけれど。

 さて,そんな1月頭の百草園。みどころは……特になし。強いて言うなら,空気が綺麗なのでスカイツリーが見えます,というレベル。なんともコメントしづらい状態です。梅が咲いたらまた違うんでしょうけれど。ほんと,1月上旬は閉鎖してもいいんじゃなかろうか,ってな状態でありました。百草園って名前だけはとても有名だったので(三多摩民的に),まさかこんな場所だとは…。

 入場口が無人で,しかも園内マップもなかったので不安になりましたが,ちゃんとそば屋の前に園内案内図が置かれていました。とりあえず一回りしてみました。梅や紅葉の時期に再訪するかどうかは分からないな…。

百草園入口 料金箱
料金所自体は基本的に
無人なんだろうな,
と思わせるようなボロボロ具合
入場券…? 百草八幡宮の案内 園内案内図
7月と8月になにがあったのか?
ここに真慈悲寺の名前が 英語解説あり
松連庵 筑波山を見る 若山牧水歌碑
牧水がこんな場所を訪れていたとは
松連庵の裏庭 裏から松連庵
心字池 池の水にうす〜く氷がはってます このあたりにタヌキが出る
ってのは割と有名ですね
子育地蔵尊
解説を読む気がしない
屋根から生えていました
これってキノコ?カビの一種?
松連庵
寿昌梅 スカイツリー対応済 見晴台からの眺望
こっちはスカイツリーが
出来てからのもの
ちゃんと京王プラザがあります
引きの写真 アップ
スカイツリーが見えます
芭蕉天神
芭蕉を神とするのは初めて聞いた
結構多いのかな?
不許葷酒入山門
いかにも禅宗のお寺っぽい雰囲気ですが,
松連寺と関係があるんでしょうね

不許すの文字が以前から割れていたのはいいのですが,
「以前から割れており現在はありません」だと,
発見時には割れてはいたもののくっついていて,
その後外れた(なくなった)ようにも読めます
実際のところはどうなんでしょうか?
若山牧水生誕100年碑 唯一,なんか実がなっていたので撮ってみました
何という名前の木かは不明
正門

番外14.地蔵堂

 百草園を出て,帰路坂を下っていくと,まず見えたのが石碑。写真にするとなんと書いてあるのかよく分からなくなってますが,とりあえず下に「松連寺」の文字が見えます。
 さらにいくと,今度は地蔵堂。ああ,これが三沢砂土緑地の解説で書かれていた地蔵堂ですな。こうやって松連寺の痕跡が少しでも残っていくといいですね。

下に松連寺の文字 地蔵堂 賽銭箱の解説 多分ここにあるはず 無縁仏?

 そんなわけで,本年もよろしくお願いいたします。
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