ドラゴンキングキャニオンの秘宝を求めて

 秘宝館。いい響きですね。若いころは,「秘宝館なんて古くさい昭和の遺物で,別にこんなんじゃ興奮しないし誰が行くんだ」てな具合に思ってたんですが,最近は思考回路が変な方向にねじ曲がってきておりまして,こういうレトロなB級スポットが好きになってきております。
 そして,現存する数少ない秘宝館の1つである鬼怒川秘宝殿が閉館するという話を耳にして,3連休の頭という貴重な日を使って急遽訪問してみることにしました。秘宝館に行くのは嬉野以来2館目。秘宝館的な場所,という意味では,宇和島に行ってるので3場目になります。

 また,龍王峡という場所へは,昔友人と行ったことがあるような気がしてます。基本的に自分できちんと立案してちゃんと旅行記として保存しないと,どこに行ったのかとかよく分からなくなるからな−。

 てなわけで,龍王峡。北千住から区間快速に揺られること2時間以上かかりました。遠い。でも,気持ちよく寝られたのでよしとします。
 駅は,半分トンネルに埋った面白い駅でした。コインロッカーの醸し出す絶望的なまでの昭和感が,秘宝館に限らず,廃れつつある鬼怒川温泉という観光地の現在の空気感を感じさせますね。

 
帰りがけに撮ったもの
半分トンネル内で,いい雰囲気の駅でした

 さて。無事龍王峡駅から外に出ました。目指すは秘宝殿ただ一つ。真田幸村が「狙うは家康の首ただ一つ!」という分には格好いいですが,いい年したおっさんが,紅葉時期の龍王峡に降り立って「目指すは秘宝殿ただ一つ!」とか言ってると本当に悲しい気持ちになります。

 というわけで,道中,龍王観音なるものがあったのでご挨拶。

ハイキングコースが一部通行止め 龍王観音

 さて,歩くこと5分弱。ハイキングコースに向かっていく皆さんと袂を分かって秘宝殿方向に向かうのは寂しいものがありますな。
 秘宝殿は,広い駐車スペースの中にありました。ドライブインとかとセットになって所在しております。その他の建物が現在もなお元気に営業してるのかは不明です。それにしても,秘宝殿と並んで営業するってのはかなり勇気のいることだろうな。
 で,まずは外観をチラ見。手書きの閉館案内が置かれておりました。


 で,ウィーンっと中に入ります。確か嬉野は中に入る前に料金所があったので,このあたりの構造からして各秘宝館で違うんだな。まあ,イマイチ秘宝館の運営がどういうふうになされてたのか分からんので,これ以上コメントできないです。もうちょっと各秘宝館で連携して機材のメンテナンス費用とかを安くできてたらよかったんではないか,という気はします。
 
 さて,中に入ったところでびっくりなお知らせ。後続がきました。しかも団体。このご時世に団体客がくるのか。閉館間際だから,自分みたいな葬式鉄的な空気感でやってくる奴はいるだろうけれど,おそらく声の質的に50〜60です。いやまあ,本来秘宝館が想定していたのはこういう団体さんでしょうが,こういう団体さんが今でも来るんだなあ。
 で,嬉野のときは,「ほかに人がいないなら写真いいよ」と言われてました。ここは,基本的に写真OKのスタンスです(但し,内部に撮影禁止の看板が残っててどっちを優先すべきか迷うところです)。そう言われても,やっぱりほかの人がフレームインするのはよくないっすよね。競輪場理論と同じだ。

 ところで,春画コーナーとか見てて思ったんですが,おそらく男子校だとどこかの時点で浮世絵的なものにこの手のものが多いとか,さらに遡って古文でもてはやされてる今昔物語あたりにも問題作が多いとか,まあそういう話を聞いて育つわけです。これって,共学校や女子校だとどうなんですかね?

まずは真面目に春画コーナー 癌除観音
こういう場所にありますが,いたって真面目な観音様で
逆の意味でびっくりさせられます
道祖神の由来 授かり御神木 2階に上る階段途中に壁に掛かっているもろもろ
天狗とおかめさんは外の壁にもありました
下野国性神道中双六
これ,書かれてることは
本当なんでしょうかね??
いろいろあるけれど,ものは全部レプリカのプラスチックでした

 さて,ここからが本番です。
 が。まず現れた装置は反応がいまいちで,後続の団体さんもきていて人が多く,スルーしました。
 こちらを読む限り,かつては水が流れたりしていたようですが,とりあえずこの日はそんなこともなく。

 そして,坊さんコーナー。完全に道鏡だと思ってたんですが,どうもこの機材の題名は「造下野薬師寺別当暮色」らしく,だとしたら道鏡関係ないような気がします。どうなんでしょうか。背後にある謎の3Dコーナーはおそらく世が世なら最初は消えてて途中で浮かび上がる仕組みだったのではないかと思われますが,今となっては(装置のスイッチがオフの間も)後ろが透けて見える常時エロ状態でありました。とすれば,坊さんも途中でエレクトするのではなく常時立ちっぱなしにすべきなのではないかという気もしなくもありません。

 そして,坂東武者出征前夜。出征直前だろうがなんだろうがとりあえず鎧は脱いだ方がよくないか。ついでにいえば,この手の鎧はいつ頃から使われていたのだろうか。ちゃんと時代考証してたら凄いな。

 で,楽しそうに5Pしてる太閤さんの「百花繚乱太閤幻夢」。顔が全然サルじゃないですな。それにしても,これだけ元気に頑張ったのに子供に恵まれなかった太閤様には同情を禁じ得ません。あと,こんだけ頑張るから淀君の性格がひねくれちゃったんじゃないかと思わなくもないです。とまあ,無理にニワカ歴史知識から突っ込みを入れようとしてみたんですが,無理がありますね。そういえば,ひたすら栃木県にからめた展示が続くのに,なぜここでいきなり太閤さんなんでしょうかね?宇都宮城でこの世の春を謳歌する本多正純だとさすがにマイナーすぎるか。最後に釣り天井が降りて来てドカン,的な。書いててつまらんな。
 それにしても,ここに小銭を投げ入れたくなってしまうのは日本人だけなのだろうか。ある意味ここでも大判小判なのは太閤さんらしいとも思います。
 なお,このサイトでは真面目な考察がなされており,非常に勉強になります。のんべんだらりと観察せずにちゃんと気合いを入れて見学しないといけませんな……。

←暗いですが
「ご来館ありがとうございます
無断で進入し人形に手を触れ
破損が生じた場合わ全額
補償していただきます
絶対入らないで下さい」

という,きついお達し
破ったら切腹でしょうな

 続いては,雷鳴日光街道狼藉。日光街道ではこういうレイプがありましたよ,というお話しですね。今の日本は女性でも安心して夜道を歩けますが,当時はそんなことなかったようです。平和な時代に生まれてよかった。

 引き続き,かんぴょう農家ののどかだがせわしない一日をあらわした「生写恋情任生手管」。
 栃木=かんぴょうなのは,てっきりU字工事が勝手に大げさに言ってるだけかと思ってたら,どうもそうじゃないっぽいです。ところで,入口にアサ秘ジャーナルの一行が訪問したときの写真がありましたが,U字工事は来館歴がないのでしょうか。
 このかんぴょうコーナー,どうも昔はもっとしっかり動いていたようで,これも後ろから来ていた妙齢のご夫婦がこのかんぴょうコーナーに思い入れがあったらしく,しかも思い入れがあったかんぴょうコーナーががっかり展示になっていて本気でがっかりされていたようでした。どうも昔は女性もしっかり動いていたっぽいです。

 続いて艶客温泉郷恋花開。混浴温泉を覗きながら一人で楽しむ女性ですね。それはさておき。このサイトを見ててびっくりしました。女性の着物が変わってる!!そりゃあできてから何年も同じ着物着せてたらぼろぼろになるだろうけれど,あらためてそれなりのメンテナンスはしていたことが分かって満足であります。あと,ガラスで防御しているのは自由にさせると指を突っ込む人が続出するからだろうなあ。
 それにしても,この温泉,混浴でいちゃいちゃする前提だったら別に構わんでしょうけれど,そうでなかったら1人ではいるとしても狭くてゆっくりできなそうだなあ。


ここに金を入れるのは
どういう文化だろうか

 というわけで,これでお楽しみコーナー終了です。あれ,なんか数が少ない。嬉野よりもかなりあっさり終わっちゃったという印象です。

 この先は,EROS GALLERY。なんか,よく分からん神像が並び,機械の少なさをごまかされているような印象を受けてしまいます。むう。


 それから,ラブサイエンスのコーナーです。ここからは高校生OKですかね。ここの説明は,一部日焼けして全く見えなくなってました。せっかくの真面目コーナーなんだから真面目に更新してくれてもいいじゃないか。

 
AKB48って四十八手と関係あるんでしょうか?

無人の部屋に流れる映像
これ,平成の世の中に
ここに10分以上居座って
これを見ていった人は
何人くらいいるんでしょうか
   
ここでグラビア撮ったようです。
田代さやか競艇の仕事もしてるので名前は知っており,知った名前を見てびっくりです
 
正直,モンローさんって全然印象無いんだよなあ…
 
なぜか飾られておりました。非売品です。
この猪瀬建築設計事務所さんがここを作ったんでしょうか?

なぜここに

 と,いうわけで,トイレに行き忘れたことは帰ってから気付きましたが,一応さくっと一周しました。上にも書いたけれど,嬉野に比べて機材の数が少ない印象でした。
 で,最初の入口付近の写真を撮ってなかったのでもう一回入口に戻ります。
 入ると正面に,「鬼怒川お竜」さんがおります。明るい場所でみられるマネキンはモンローとこれくらいで,これをしっかり見てて思ったんですが,ここの人形って極めて質がいいですよね。お竜さんも,非常に艶っぽくて色気があってお美しい。素晴らしいですな。こういうものをみて素晴らしいと思うようになって自分が年を重ねたのだと実感しないわけでもないですが。
 で,横に置いてあった写真を見ると,ここの人形は全て本物の人間をつかってかたどってるようです。すげえなあ。この人形の型どりのための仕事ってのも凄い仕事だ。

 あと,竜王祭の天狗とおかめの神輿が飾られておりました。ここにあるといろいろと嘘っぽく見えてしまうんですが,これは本当にこういうお祭りだったってことでいいんですよね?先日の穂高神社の御船祭りも男腹と女腹がごっつんこしてたし,子孫繁栄はお祭りの重要な願い事だからな。


もう1つあった閉鎖案内

タクシーで来客が!

 そんなわけで,時間も無いのでこれにて終了。
 ところで,閉館案内をみてて思ったのですが,「地元への感謝」が「客への感謝」よりも先に来てます。これ,やはりここにこれを建てるにあたっていろいろあったんだろうなあ,というのを感じさせますね。

 帰りがけには,いつもの如く鮎の塩焼きを食して(ここで横に座っていたご夫婦がかんぴょうコーナーの思い出話をされていたのでした),さらに団子も食べて,東京に戻ったのでした。

Ayu 団子三兄弟 山は色づき始めてます 市指定文化財とのこと シンボルモニュメント

 紅葉開始期の龍王峡に来たのに一切龍王峡本体を見ずに帰るという,ほんと人間としては間違った行動をとってる自分が恥ずかしいですな。まあいいや。
 まあ,結論として,ここに1000円の価値を見いだせる人は少ないでしょうし,特に機材が老朽化しまくってる今となってはそれはなおさら。競輪場が潰れる時代に,秘宝館が潰れないはずもなく(比較になってない気もしますが),これも時代の流れなんでしょうなあ。まあ,仕方がない。自分としては,最後にこうやって訪問できて満足です。いままでお疲れ様でした。

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