高良大社と神籠石

 高良大社は,久留米が誇る有名な神社です。筑後国一宮。
 これだけ有名な神社なのだから,久留米駅か西鉄久留米からビュンビュンバスが出ていて簡単に参拝できるんだと思うじゃないですか。ところが,そこはやはり都会の観光地とは異なります。交通の便はよろしくない。バスはあっても麓までで,自力で山にのぼらなければならないようです。てことで,虚弱なNPは,タクシーに乗ることにします。お金持ちであれば,久留米からタクるんでしょうが,わたしゃ中途半端な人間なので,久留米大学前までバスで行って,そこからタクシーに乗ることにします。大学前だったらタクシーの1台でもいるだろうという甘い見込みでした。
 が,考えてみたら駒場東大前にタクシーがいるかというとそうではないわけで,大学前だからといってタクシーが待ち構えているわけではないのです。まあ,駅にタクシーを呼ぶのは旅行者的には場所の説明が簡単です。

 てことで,バスを降りてタクシーを待つ間,駅前の遺跡を眺めます。

高良大社頓宮跡 横道箱式石棺 周辺案内
一応競輪場の文字はありますが,
扱いはさすがの悪さです
夏目漱石の句碑にも負けております

 てことで,タクシーで高良大社の階段下に到着。これくらいはのぼらなければいけません。まあ,きつい人のためには階段脇にスロープカーがあります。さすがにこれを使うほどメタボではありません。

観光コース案内
奥の城跡も気になりますが,今日は神籠石だけです
威風堂々とした鳥居と階段 御由緒

 無事,階段をのぼりきりました。振り返ると素晴らしい景色ですが,とりあえず中門をくぐって参拝。



中門 石碑残欠 手水 振り返るといい眺め 拝殿 透塀越しの拝殿

 てことで,せっかく高いところにのぼってきたんだから,のんびりと景色を眺めます
 残念なことにというか当然にというべきか,落下(自殺?)防止用に透明なアクリル板が設置されております。
 そして,その脇にスロープカーがあります。


 で,神籠石への案内が見当たらず,神社の方に伺ったところ,奥の方へ進めとのことだったので,奥に進みます。すると,現れました,高良山神籠石!!
 このあたりは非常にきれいに神籠石が残っていて,史跡としてしっかりしています。それにしても,こんな石が風化せずに残っているとは凄いな……。そして,これが観光客からほぼ相手にされていないのがこれまた凄い。

本殿脇を抜ける でました!史跡神籠石! 古い解説板
読めなくなっても
撤去するに撤去できないのでしょう
伸びていく神籠石
いろいろな角度から

 ところが。盛り上がっていたのもつかの間。古代の高良山の先人たちの仕掛けた罠に迷い込む現代人NP。なんと,このあと案内がなくなります。手元には,先ほど神社でいただいた,神籠石の案内も兼ねたハイキングマップ。おおよその道しか載っておりません。高良山神籠石といえば,泣く子も黙る有名遺跡のはずなのに,なぜこのようなことになるのか……。まあ,確かに,この日も大勢の参拝客がいる中,神籠石を嬉しそうに撮ってる奴なんて自分しかいなかったけどさ。

 まあ,どこを歩いているかは分からんのだけど,道自体はきれいなので怖さはないです。まだ午前中で日が落ちることもないしね。

 すると,神社の参道に出ました。これは正直想定外。まあ,参道に出たことで自分がどこを歩いていたかが分かったわけだけど。
 そして,そこからさらに神籠石を求めて進みます(下の地図でいうところの,青い点線を目指す形)。なんとなく,若干登りになるのが気になりますが,まあ神籠石のためにきている以上,仕方がありません。ちなみに,この青い点線ルートは「奥宮コース」と呼ばれております。基本的に,奥宮を目指すコースなので,のぼる人向けに案内が出ているのが特徴。下りだけ歩こうなどという甘ったれた考えだからよくなかったのかもしれませんな。

 で,しばらくすると,舗装道路に出ました。え。こんなの想定外。
 ってことで,手元のグーグルマップを取り出します。なんと,ハイキングマップは全ての舗装道路を網羅していたわけではなかった!!というか,赤い点線が舗装路??
 よく分からんけれど,これ以上神籠石を探していると時間と体力がなくなるので,諦めて下っていきます。

こんな感じに道が分かれる
案内ナッシング
一応,どこかで神籠石の
配列と交差するはずなのだが……
こんな道をすすむ (なぜか)参道に出た
ここを歩いてのぼる人には
心から敬意を表したい
こっちは少し降りて,脇から神籠石ルートを目指す
参道を見下ろす こっちの脇道へ向かう 奥宮コースなのです 舗装道路に出た 舗装路を進む Google Map氏

 どうも,この舗装路は通行止めになっているようです。もうわけ分からん。
 道路はさておき,孟宗金明竹が登場したので,さくっと写真に収めます。写真だと,あまり「金」な感じが出ませんね。やはり肉眼に勝るものはありません。

ここから出てきた 孟宗金明竹

 さて,居場所が分かったので,すこし舗装道路を進み,神籠石ルートに入ります。

 まず,「高良山26ヶ寺」なるものの跡地がありました。武田二十四将,みたいな名前ですね。富住寺です。Wikipedia情報ですが,高良山の神宮寺は元々高隆寺であったところ,中世後期に衰退し,その後は御井寺が神宮寺となり,26ヶ寺と360坊を支配していたようです。が,廃仏毀釈であえなくこれらが廃寺となったということみたいです。26寺全て高良山から追い出されるって,仏教(徒)はどれだけ嫌われてたんですかね,まったく。

 で,神籠石っぽい石を発見しました。よかったよかった。一安心です。
 神籠石に添って,山を下っていきます。このあたりも石はそこそこに大きく,またしっかりと切られていて,なかなかに高度な技術で石が並べられたのが分かります。


富住寺

降りる道

上る道

舗装道路が見える

下からのぼる場合
きちんと案内が出ます
 
舗装道路から神籠石コースを上る方向

 舗装道路と交差する度に現代に引き戻されますが,いかんせん地図装備が脆弱なため,定期的に現代に戻らないと迷子になりそうで怖いですね。
 にしても,高良山も城域が広い。

 そして,ここはロープを使っておりる,ちょっとアドベンチャー感があって楽しめる場所です。ここを通る人が少なそうなので,果たしてどこまでこのロープを信頼して良いのか不安になるのが欠点ではありますが。

 そして,おりた先には神籠石が並んでおります。うむ,これで神籠石が消えてたらまたのぼる羽目になってたかもしれないからな。

 そして,その向かいには,多数の墓石等が並ぶスペース。なんだこれは。ここにあったお寺廃寺になったとき,お墓だけが取り残されたのだろうか。

道を渡る ロープを使って降りる 見上げる 降りた先には神籠石 振り返る
向かいにはお墓が。廃仏毀釈期から放置されたにしては保存状態がいいので
おそらく今もきれいに掃除してお参りに来ている方がおられるのではなかろうか
神籠石
案外石自体は薄く切られている
でも,よくそれでこれまで残ったな
神籠石は続いていく
打ち込み接ぎにも見える石の積み方 埋もれているけれど,神籠石は続く

 鳥居が見えてきました。また,舗装道路と交差します。
 この鳥居,てっきり高良大社に向けての鳥居かと思ったら,社号標が山側についておりました。つまり,この鳥居は大学稲荷に参拝するための鳥居です。下り宮なんですな。

 この大学稲荷まわりの神籠石は舗装道路から見やすいこともあり,またしっかりと残っていることもあり,観光地化されております。

鳥居 神籠石 鳥居への階段 道路から見られる神籠石
解説板も新しいです
即心上人の墓 神籠石の間に
昔の解説板が
バス停は死んでいる

 で,ここまできたので,大学稲荷に参拝します。下り宮なのはいいんですが,どう考えてものぼって戻らないといかんのがテンション下がりますね。まあ,仕方がない。

鳥居 鳥居2 鳥居3 鳥居4 拝殿 由緒書

 さて,ここからどうするか。このまま舗装道路を下っていく案もあり得るところなんですが,再度のぼってもうちょっと遺構を巡ることにしました。
 いったんおりたのにまた登る。人生の不条理がここにあります。

道路脇の神籠石 極楽寺跡地 神籠石というより石垣っぽいですが,果たして 歴代座主墓地入口
案内が倒れてます
こっちの案内が新しい奴です
なかなかに特徴的な墓石の組み方です
下にある細かい石は,神籠石を砕いたのでしょうか
妙音寺跡

 また,道路に出ました。ここから高良大社まで900mとのことです。900mも上り坂を歩く皆様には頭が下がります…。
 私は,再度下り始めるのでした。御井寺跡地のひぐらしの庭,座主本坊跡の飛雲閣に向かいます。
 ひぐらしの庭は,桜がそこそこ良い感じに咲いておりました。

境内まで900m
せっかく作るんだから,もう少し字を読みやすくできなかったのか
紅葉植樹1000本記念碑 下って登る ひぐらしの庭 桜〜

トイレのガードが良い感じ
参道 振り返る 階段下からの,門 解説
上から下ってるので
最後に出てきます

 上にも紅葉1000本植樹記念碑がありましたが,このあたりはもみじ谷と呼ばれており,昔の座主も紅葉に関する歌を詠んでいるいるようです。つまり,1000本植樹は,現代人が観光客誘致のために新規にやったのではなく,昔を取り戻すためにやったことというわけですな。
 あと,このあたりにも大学稲荷への鳥居があります。高良大社への参拝客を横取りする摂社というわけですな。

中谷の紅葉 大井河 あらためて,本坊跡 大学稲荷への案内と鳥居


このあたりの分岐が
城っぽくて好きです
さらに下る 九町 伊勢天照御祖神社 八町

 というわけで,ようやく下まで降りてきました。登る場合には,最初に現れる観光スポット,馬蹄石です。
 これが,神籠石の起点・終点だとされているとのことです。ようやく,ここまで来ました。ただ,まわりの石柱の影響もあってか,この馬蹄石自体は普通にほかの岩の一部になっていて,独立した神籠石の起点のようには見えないんだよな……。
 そのかわり,いかにも神籠石,という感じの四角い石もありました。

愛のさざんか
夫婦榊
馬蹄石
背比べ石 左手に馬蹄石と背比べ石があります 起点だけに,
史跡解説があります
これは多分神籠石

 で,この近くに「南谷水門」というものがあるようです。石城山神籠石にも立派な水門があったのが思い出されます。そのことからしても,この時代の神籠石といえば水門は重要な施設です。この時代に限らず,いつの時代も,水は大事なのです。
 が,特段案内が出ていません。はてさて。水門なんて超重要遺構だと思うのですが……。

 とりあえず,参道から脇にそれるルートに突撃するのは危険な空気が漂っていたので,いったん舗装道に出て,脇から直線的に攻めます。
 で,攻めた結果,「南谷水門跡」という案内は発見できず。ううむ。
 どこが水門跡かは確証が持てないのですが,いかにも,な場所におりることが可能でした。昔からある水門跡なのか,現代につくられた水路なのかが判然としません。ですが,水門らしきものはここしかないので,ここが水門跡でした,と考えることにします。ここが水門跡だとして,水門に向かっておりる階段も神籠石っぽさのある石ですが,まさかそれを石段として流用はしないでしょうから,これは現代に設置されたものなのでしょう。

 まあ,高良大社としても,神籠石目当てでくる人間なんてそう多くはないでしょうし,他方で神籠石のせいで開発は相応に制限されてるでしょうから,そんなにあって嬉しいものではなく,自費で解説を充実させる義務も義理もない,ってところなんでしょうね。続続百名城に選定されたりしたら状況も変わるんでしょうけど。

Google Map上の水門跡 おそらくは,馬蹄石付近から
水門方向に向かう道
水門跡?への階段 水門跡? 石段
神籠石っぽいような,
そうではないような
正面 右手
道はあるけれど
神籠石っぽさはない
まっすぐ進む道
神籠石っぽいものがみえます
舗装道路の入口には,案内表示はあるのですが
そこから進む道には案内はない
鳥居 案内 史跡巡り案内

 ってことで,ようやく山道から抜けました。空が明るい。早いところ競輪場に行きたくなってきました。ので,御手洗池はさささっと通り抜けます。

解説板 御手洗橋 御手洗池 厳島神社 高良山

 で,方向的には久留米競輪場を目指します。歴史ある土地柄だからなのかどうかは分かりませんが,道ばたに仏様がいたり,まだまだ神社があったりもします。そして,古墳があるというので,そこにも立ち寄ります。
 祇園山古墳という名前の古墳でして,まあ現代人的には小さな土の丘ですね,という感じなのですが,ひとたびこれが古墳だと聞かされると,とたんにロマンあふれる土の丘に思われてくるから不思議なものです。古墳時代前期にここに土を盛った人がいて,その盛られた土を現代人の自分が踏んでるわけであります。だからどうした,といえばそれまでなんですが。

 で,もう一つ気になるのが袴着天神。天神様だけだったら気にならないところですが,「天体石」などという面白いものが祀られているから,テンションがあがります。なお,検索すると,どうも「出目天満宮」という社号標も立っているようで,たしかに写真をよく見ると木の中になにか隠れているように見えます。とりあえず,詳しく解説してあるブログがあったので,将来の自分のためにリンクを貼らせていただきます。こちらのサイトの天神様古墳の記事も参考になるな。ありがたやありがたや。
 まあ,この日は時間も無かったし,こんな天神様に出会うことなどハナから想定してなかったので,色々と仕方ない。

お不動さん 祇園山古墳への道 袴着天満宮に立ち寄る 袴着天満宮
絶妙なかたちで残っている鳥居 拝殿 袴着天神天体石 祇園山古墳への道
解説 古墳! 古墳上からの眺め 石棺跡

 ってなわけで,ようやく競輪場へ。


ヴィヴィっと諫早


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