宇和島旅行記 その3(宇和島城2)

 そして,とうとう本丸まで上り詰めました。
 石垣の中の石段を登って一之門をくぐって本丸,というスタイルは特に珍しいものではありませんが,ど真ん中に堂々と本丸へ向かう石段が用意されている,というのはなかなか珍しいスタイルなのではないでしょうか。
 天守閣の入口が正面にど〜んと待ち構えていることも含め,二の丸まで上り詰めるとあとは一直線,かかってこれるものならかかってきなさい!という雰囲気に満ちあふれております。裏返すと,正直に攻め込んだら一直線に攻め込まざるを得ないので守りやすいのかもしれません。が,「宇和島城は平和な時代のもの」という話をもとにすると,こういう堂々とした雰囲気は守るためというより,一つの美的・精神的センスのあらわれなんじゃないのかな〜と思ってしまうのでありました。いやまあ,歴史的なこととかよく分かってないのですが。
一之門跡。
「いざ本丸!」という雰囲気になります。
本丸から市街地を見下ろしたらこんな感じ。 桜の木の奥に天守閣があります。

 本丸の桜はピークを過ぎたとはいえ,まだ十分きれいな咲きっぷり。桜の姿を楽しんでる方や,桜の写真を熱心に撮っておられる方など,十人十色。NPは,というと,桜の撮影に失敗して,傷心のまま天守を目指します。
 桜の木々をくぐり抜けると,天守閣です。

天守! 右側から 正面から 左側から

 あらためて天守を見てみると,入口が右側に寄っているのが非常に面白いです。ぽっかりと口を開けているような入口が,なんか間抜けに見えます。
 ただ,正面入口から入ろうと思ったら結局2度曲がらなければならないわけで,なんだかんだ言っても守りも堅いんでしょうねえ。ただ,こんな小さい天守で守るようになったら終わりなんでしょうが…。

二の丸へと登る階段を見下ろせます。 本丸を見下ろします。
これだけ見たら普通の公園ですね〜。

 そして,意気揚々と天守内部へ。
 おおっ。これが噂に聞いた,障子のある天守!たしかに斬新です。てか,こんなに狭いのにそれをさらに狭めなくても…。
 中心には,城の模型が。精巧にできております。階段を上っていきます。
 大きさとしては丸亀城とどっこいどっこいな感じ,という印象を受けます。ただ,階段は丸亀の方が急なイメージ。よく覚えてませんが。
 最上階には鬼瓦やシロアリ被害の大きさを示す展示。どんな敵よりもシロアリの方が強力なのかもしれません。恐ろしや。
 最上階からの眺めは……破風が邪魔です。外装重視と言われる所以ですね。これだと,窓から鉄砲も撃ちづらいのではないでしょうか……。まあ,石落としも作らないくらいだから,鉄砲も中で飾っておくだけだったのかもしれません。ここから鉄砲撃たなきゃいけないようじゃもうどうしようもないでしょうし…。

障子と廊下
滑りにくいよう,廊下の板は進行方向と
垂直になっているらしい…
精巧な模型
数十年後にはデアゴスティーニから
宇和島城模型が発売されるかもしれません
階段。
例によって急です。
城自体が小さいから,急にせざるを得ない,
ってのもあるでしょうが。
一応鉄砲は窓の下に配置されていたみたいです。
でも,破風が邪魔で,
撃ちづらいような気がします。
畳の存在を裏付ける,とされる段差 最上階。こぢんまりしてます。
当時はここで何をしてたんでしょうか。
ありがちに単なる倉庫だったんですかね?
シロアリ被害の恐ろしさを示す展示。 最上階を違う方向から。
最上階から本丸を見下ろします。
こんな感じで,破風が視界に入ってきます。
下から上を見上げます 家紋

 というわけで,天守内部の見学終了。
 これからは下山となります。そのまえに,天守閣の裏側に回ってみます。
本丸井戸 天守脇から本丸井戸方向 裏側。
装飾も少ないです。

 そんなわけで,下山開始。
 藤兵衛門丸で裏に回ります。幸い膝痛もないので,元気に下山。

見下ろすと急な階段 こちら側も石垣はきれいです。
いつ作られたものなんでしょうか
石段 出口(上り立ち門)が見えてきました

 そして,上り立ち門に到着。

上り立ち門から上を見上げる 上り立ち門

 上り立ち門は寛文年間に作られたものが現存しているようであります。

児島惟謙 児島と上り立ち門

 そして,ふと横を見ると,おじさんの銅像が。誰かと思ったら児島惟謙でした。児島惟謙も宇和島の出身なんですね。

 そんなわけで,宇和島城をあとにします。時間は既に午後4時10分。これから行く場所は,時間的に天赦園か伊達博物館かのいずれかになります。ちょっと考えた結果,天赦園に決定。やっぱり大名庭園には行ってみたいです。


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