中京遠征記2013その2

 2日目。
 とりあえず金山駅前の喫茶店でモーニング。やはり名古屋の朝はモーニングからです。ここはトーストとゆで卵という極めてオーソドックスなコンビでした。スーツで競馬新聞を読んでいる姿は完全に地元民に紛れられていたのではないかと自画自賛したいと思います。

モーニング


 まずは中京競馬場前を通り越して前後へ。知多四国1番のお寺があるというので面白そうだから寄ってみました。
 豊明市自体は特に観光に力を入れているわけではないのは観光協会のページのやる気のなさを見ればよく分かります。そもそもが名古屋のベッドタウン的位置にある上に,放って置いても競馬と桶狭間で一定数の客が来るわけですから。なので,外部の人間がとりあえず訪問するとすればどうしてもこういうお寺になってしまうのであります。

花の街とよあけ 道にはこんなのが

 で,駅から10分弱歩いて曹源寺。朝早いのに(といっても11時前だけど)大勢の参拝客が訪れており,さすが知多四国1番のお寺といったところ。法事のための方もいらしているようでした。地域で重要な位置にあるお寺なのでしょうね。
 個人的に一番興味をひかれたのは,山門脇にたっていたトーテムポールみたいな石仏です。これまでにみたことのないような造形で,この地域特有のものなのでしょうか。ちょっと検索してみたいところなのですが,これを打っている現在若干パソコンの電池に不安があるので余計なことはしないでおきます。
 てなわけで,競馬場を通り過ぎて参拝した曹源寺。商売がかっているわけでもなく,非常にいい雰囲気のお寺でありました。

参道
こっちは裏門への参道みたいです
参道の梅 境内。きれいです
2代目のサクラ 本堂 使われなくなった?瓦 鬼瓦
鬼がででんと 大師堂 不動様 水琴窟 覆屋根が特徴的な手水舎
山門 初めて見る石仏
木像ならあってもよさそうだけれど
鐘楼 鐘楼のまわりにも石仏

 そんなわけで,あらためて中京競馬場前駅。
 続いては,競馬場と反対側に向かいます。世にも有名な桶狭間の合戦跡地であります。
 前日のトリ先生の話によると,どうも昔からある跡地と最近有力な跡地の2カ所あるようで,東海道から近い場所にある方は古いほう,遠い場所にあるのが新しい方とのこと。
 桶狭間合戦跡地を見たかったのは,もちろん地形を現場で見たかったというのがあります。今川義元がどういう行軍をしてどこで止まって信長軍がどっちからどう攻撃してきたのか。国道が通って電車が通ってる現代において,どこまで当時の地形が残ってるのかは怪しいところでありますが,それでも少しでも雰囲気を感じられたらよいな,と。
 しかし,実を言うとそれよりも,JRAが合戦跡地の整備に金を出しているらしく,トリ先生の話しでは跡地にそれを示すものが立っているとのこと。こちとらそこまでの金額をJRAさんに預け入れているわけではありませんが,それでも多少なりとも貢献はさせていただいているので,ちょっくらそれを見てやろうではないかと思ったのです。最近はやりの百名城に競輪の金が入っていることは有名ですし,この手の業界とNPは切っても切れない仲なのであります。

 で,目的の跡地は信号待ちの時間を入れても駅から2分ほど。こんな場所にこんな観光名所があるんですな。
 前日のトリ先生の話だと,新しい方にJRAの碑があったとのことで,やはりここにはありませんでした。新しい方まで歩いて行くこともちょっと考えましたが,さすがに時間が足りないのでこれは次回への楽しみにとっておきたいと思います。
 この古い方の古戦場は,今川義元の墓があったり,いくつか石碑があったりしますが,基本的には街の一区画を公園として残している,という感じ。横を国道1号が走ってはいますが,これがどこまで当時の東海道上にあるのかもわからんのでなんとも。ただ,起伏の激しい土地であることはよく分かります。

 この「真の桶狭間古戦場」をめぐっては豊明市vs名古屋市の一大バトルが繰り広げられているようです。第2次桶狭間の合戦ですね。
 まあ,争い事を好まない日本人としては,「どっちも戦場だったんだろうし,今川義元がどこで討たれたかは脇に置いて仲良く戦場として地域を盛り上げましょうや」と言いたくなるのですが,まあこのへんは義元の墓を祀る寺院なんかもあったりする関係で簡単にはいかないんでしょうな。墓と言っても実際に骨が納められてるわけではなさそうだし。

史跡桶狭間古戦場 古戦場 石碑 古戦場内の石碑の解説 弔古碑
今川義元の墓
以前は単なる塚だったとのこと
七石表 北面と東面が読めます 花が咲けばきれいなんだろうな 風格ある建物
病院のようです

 続いては,向かいにある高徳院,と道の間の崖沿いにあるお墓や石仏。

今川義元300回忌に建立された仏式の墓碑 解説なし お地蔵さん 徳本の名号と,その脇に多数のお地蔵さん

 で,続いてようやく高徳院。
 立派な山門がたっています。
 中に入ると,「今川義元本陣跡」の石碑。一応高台の上に本陣を構えてたのか。なのになぜあんな下の位置に追い込まれて殺害されたのだろうか。本陣総崩れで逃げる途中に襲われたってことなのかな?まあ,そもそもここに本陣がなかったとかいうことになるとどうしようもなくなるわけだけれど。

 電車からも見えていて,もの凄い違和感と存在感を醸し出していた赤い建物は,どうも平成24年10月に竣工した瑜祇塔という名の納骨堂のようです。
 ここには桶狭間の合戦の史料館があるようなのですが,長期にわたって閉鎖中のようです。一説によると,納骨堂をたてるために史料館が割を食ったとか食わなかったとか。なんにせよ,稀少な資料があるのであれば豊明市なり愛知県なりに管理を委託してもよいのではないかと思う一旅人なのでした。でも,高徳院のサイトにのっている昔の古戦場の写真は興味深いです。

境内図
字がかすれてるのが残念
高徳院
立派な山門
仁王像 凛々しいお顔
誰かに似てる気がするのだが
誰だろうか……
山門ごしに見る境内
今川義元公本陣跡 境内 お地蔵さんが多数奉納されておりました 桶狭間古戦場 どこかに御砂踏みがあるんだろうか
観音様 本堂 本堂奥にあったお稲荷さん 多数の地蔵が いろいろと閉鎖中
納骨堂 お地蔵さん
顔が普通のおっさんに見える
徳親龍神堂。絵馬が本ですね 古びれております… 持仏堂
境内 右奥に納骨堂が見える 斜面右手の高台が高徳院

 さて,いよいよ中京競馬場に向かいます。
 名前が名前だけに,駅は競馬色を隠すことが出来ないようす。まあ,名鉄もやる気があるようなのでなにより。

名鉄の競馬デザイン
名古屋競馬は?
中京競馬場前駅 JRAの広告 駅にも馬 正しき昭和50〜60年ころの家族 名古屋競馬の広告が

 中京競馬場に向かう道は私道です。これはちょっと前に有名になりましたね。そう,メイケイペガスターの馬主でも有名な名古屋競馬株式会社。ここが所有しているんですね。いろいろな利権渦巻く競馬場周辺地域,この会社が上手く取り仕切ってるのではないかと思います。

寄ろうかと思ったら
店が閉まっておりました
駅前商店街 宮記念当日は通行規制あり 競馬場へ向かう道の入口 Welcome 中京競馬場
ペガスターの絵が
いたずらでシールを貼られた
ような位置取りだな
社有地です

 中に入る前に,馬頭観音への矢印発見。お参りに向かいます。
 ここの馬頭観音は橋を越えて進むという,この手の場末の観音様にしてはとても面白い構造でありました。

橋を越えて 奥にあった石仏 南無罵倒観世音菩薩 花が並ぶ

 この日は内部探索してみました。
 名鉄と中京競馬場は非常に友好的な関係にあるようで何より。それにしても,襷コースがなあ。昔襷コースにあった障害を展示したりしてくれないものだろうか。
 あと,歴代高松宮記念優勝馬のレリーフがあるんですね。今後中京にG1は増えない前提なのだろうか。

たのしさ,もっと,もっと 西入場門 Floor Guide Information
襷コースがない(涙)
BOYS AND MENという
グループがお出迎え
以前名古屋競輪場で見ました
地域密着型ギャンブル密着型
アイドルとして頑張ってください
もくばえん
ミニチュアホースのかぶと君 木馬 パドック掲示板を裏から 左馬の駒
高松宮記念歴代優勝馬レリーフ
名鉄7000系パノラマカー
中に入って座って休憩することも出来るようです
名鉄と中京競馬場の関係はよくわからんです
新築の馬頭観音堂
なぜここに。場外にあった馬頭観音はどうするんだろうか
なぜかだまし絵が覆い 内馬場への地下道にもだまし絵が 内馬場案内 内馬場からスタンドを見る
旧襷コース ふわふわドーム なぜかアンパンマン 襷コース方向 一瞬置き障害かと思ったら違った
 
遊具 チャイルドコーナー 最近はやりのエコです ターフィー神社
「信ずれ」がパット見「はずれ」に見えてしまった
馬勝
昨日ここでドテ丼を買いました
一八 一八のきしめん 一八の味噌カツ
2本150円はお買い得!
透明の板で仕切られており,
新聞を広げられない構造です
大鳥のドテ煮
豚バラを使ったドテ煮は初めて
ELEVATION
平坦じゃないんだなー
スタンド 券売機
ほかじゃ見慣れないな
誘導馬 メインファンファーレは大学生の生演奏

 さて。この日,桶狭間古戦場を見ていて,忘れてはいけない出来事がありました。そうです,NPはついに競馬必勝法を伝授していただいたのです!!

 話は古戦場までさかのぼります。古戦場のトイレ脇に,パンフレットが入っているらしきポストが有りました。NPがこれをあけようといじったのですが,開かず,まあいいやとここを後にしようとしたのです。すると,おっちゃんが登場して,「これ何が入ってるの?」てな感じで話しかけてきました。近くのトイレ脇に自転車が置かれていたので,おそらくトイレに行っていたと思われます。年格好的には「競馬場に行く前に小便」という感じです。
 で,このおっちゃんががんばってポストをあけてくれて,パンフレットを渡してくれました。「ちゃんと勉強しとけよ」という有り難いお言葉もいただきました。感謝感謝。

 てな感じにおっちゃんに別れを告げ,上記の通りNPは高徳院下の崖を見物して,高徳院に向かいました。すると,なぜかおっちゃんも入口に自転車を止めています。
 あれれ。競馬場に行くのかと思ったらお寺参りでしたか。これは大変失礼しました。とばかりに「どうもどうも」と声をかけると,目の前の寺院の図(字がかすれてる境内図)を見て,「こっちに新しいお堂ができたんだ」と話しかけてきました。たぶん電車から見えた異質な建物のことだな,と思いましたが,とりあえず話を合わせます(この時点では早く競馬場に行きたいのでおっちゃんと話す時間がもったいない,という感情の方が大)。ただ,角度的にこの場所からは赤い大きな奴が見えません。すると,おっちゃんは通りがかりのおばさまに声をかけます。「ここに新しい建物できたよね?」
 おばさまもうなずきながら,「最近できたねえ」といった具合に応えます。
 そして,おっちゃんはなぜかメモ用紙を取り出して,何かを書こうとします(何を書こうとしたのかは謎)。そして,そのとき取り出した「メモ用紙」は……言わずと知れたJRAマークカード。昔のマークカードは裏が白でしたが,今のマークカードは両面印刷です。メモには甚だ適さないものですが,おっちゃんは気にしないようです。それにしても,やっぱり競馬オヤジでした。なんでぇ。見直して損した。

 さて,「じゃあお参りしてきますわ」とばかりにおっちゃんをおいて(なにしろ早く競馬場に行きたい)お寺を再び単独でお参り。そして,上をぐるっと回って例の赤いでかい建物に到達すると……そこにはおっちゃんがいました。どうもお墓の方から無理くり上がってきたようです。NPは興味本位で来てるからいいとして,おっちゃんはなにしに来たのだろうか。それはそれとして,おっちゃんと話しながら下におります。さすがに3回会ったらいいご縁なので,おっちゃんにペースを合わせてゆっくりいきます。そのなかで,ついに「どこから何しにきたのか」と聞かれました。NPは,おっちゃんが競馬やってるのを知っておりますので,正直に「東京から中京競馬場へ」と答えました。
 競馬マニアと寺院マニアとは両立しないというのがおそらく多数説ですので,「お寺にお参りして馬券当てようってのは虫がよすぎるわ」と,人生の(おそらくは競馬の)大先輩からおしかりを頂戴しました。ありがたやありがたや。
 そして,それだけじゃなく,競馬必勝法も授かりました。曰く,「中途半端に買うのは丁半ばくち」「荒れそうなレースを見つけて全通り買うべし」とのこと。そして,阪神5Rの全通り購入馬券を見せてくれました。基本的に馬券を見せてくる他人はコーチ屋としてインプットされておりますが(最近コーチ屋見ないなあ),おっちゃんはそんなことはせず,ただひたすらに阪神5Rの発走時刻を気にしておりました。
 そして,ここでついにおっちゃんとお別れ。勝利を確信して(というか全通り買ってるのだから当たりが入っているのは確実)払戻しのために中京競馬場に戻った可能性もありますが,近所に住んでるなら平日払戻しかもしれません。

 さて。阪神5Rは14頭立て。現地でぱっと暗算できなかった自分のアホさに泣けますが,91×2だったら文系でも暗算できます。182です。阪神5Rの馬単配当は1万3770円。

 これで「なんだ,マイナスじゃないか」などとおっちゃんを馬鹿にしてはいけません。なにしろこの日のNPは完全敗北だったのだから。

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