カーナヴォン城 その2〜Castle Towers

Well Tower

 なんとなく自分の居場所を把握したところで、Well Towerに入っていきます。入口は下り階段。外から、あるいは鳥瞰的に城を眺めていると、まさか地下にえぐられている構造になってるとは思いも寄らないよなあ。


Well Towerにおりていきます
「塔におりる」というのは
塔を見上げる
入口 ぐるっと見回す これがどこかよく分からないのだけれど、多分Well Towerの1階部分

Well Tower Wall Walk

 Well Towerを登っていきます。

窓から塔を見る 橋から見下ろす 橋から窓を見る 橋から上を見る

 そして、壁の上を歩いてKing's Gate方向へと向かいます。
 上に出ると自分の居場所が分かっていいですね。そして、明るくなって私のような素人でも写真を撮りやすくなるからなのか、塔の中の写真に飽きていたのか、外に出ると写真の枚数が増えます。

Great Hall
左がChamberlain Tower
右がQueen's Tower
Queen's Tower Eagle Tower 城外、King's Gate方向
掘りがあるのが分かりますが、
幅や深さも含めて、
どこまで往時の姿なのかは分かりません
東方向
手前がKing's Gate、右がChamberlain Tower
ちょっとKing's Gate方向に進んでGreat Hall方向
Great Hallの壁や梁が通っていた穴
西方向 Great Hallの上から西方向
東方向
King's Gate〜Granary Towerは隠れていて、
見えるのがNorth East Tower〜Watch Tower〜Queen's Gate〜Black Tower〜Chamberlain Tower
King's Gateの上部
King's Gateの塔 King's Gateの通路 ちょっと前に出たところから東方向
King's Gateを見下ろす 入城口から南の
Chamberlain Towerへ真っ直ぐ
あらためて東方向 西方向 Well Towerへの道

あらためてWell Tower

 そんなわけで、Well Towerに戻ってきました。
 Well Towerなので当然井戸はあります。元々川沿いにある城なので、水自体はそこまで苦労しないのかもしれませんが、こうやってきちんと城内に井戸があると安心しますね。奥底がどうなってるのか気になったので頑張ってみましたが、結局よく分からないまま終わりました。なんとなく水があるようには見えますが、沸いているのか、前日の雨水がたまってるだけなのか……。

Well Towerを見下ろす ちょっとした解説
暗くてピンボケして読めず
井戸 フラッシュで撮ってみたりして頑張っている図 底までよく見えず

Eagle Tower

 西に進んでEagle Tower。先ほどから、西の先っぽにあって目立っている塔です。このカーナヴォン城最大の塔であります。10角形というから凄い。上から3つ小塔が出ているのがインパクトありますね。
 Eagleって聞くと強そうなイメージはあるんですが、ブリテン島であまり強さとしてのEagleは見ない気がする……というか、Eagleというとアメリカなイメージです。
 なお、名前の由来の書かれたプレートをあとで発見しました。

Well Towerから西方向 東方向 解説 解説板

 ガイドブックによると、Eagle Towerの地下は川からやってきた来客の前室として機能していたとのこと。私は多分地下をスルーしてますね。今さらながらに川の手からの出入り口に興味沸きます。
 1階には現在は城の模型やその他の展示物があります。真ん中にあるチェスの駒のような展示は、どうもイングランドとウェールズの一進一退の対立構造を示しているのではないかと思います。このあたり、歴史がよく分かってないのできつい。
 2階は展示物のない階。物置だったのでしょうか……とか思ってあらためてガイドブックを見たら、ここは元々は”principal apartment of the tower”だったと書かれていました。どこが物置やねん。1階にある長方形の部屋は昔からfirst English prince of Walesが生まれた場所であると誤って伝わっている場所だとのことです。当初はこれより上の階はなく、3階と監視塔は14世紀以降につくられたとのこと。

 それにしても、自分がしっかりと塔内の写真を残してないから状況が分かりづらい。

Game of Crowns 城の模型
一番左がEagle Towerですが、確かに川から上がってくる場所に門があります
何の椅子か写真に撮ろうとしたのだけれど、
ぶれて読めなくなったのでとりあえず椅子だけ並べる
2階 解説
1339年までにほとんどの建物が完成しており、そのころのモデルだとのことです

 というわけで、自分で行って自分で撮ってきたくせに、かなり不完全燃焼なEagle Towerの内部ですが、屋上からの眺めは格別です。

城内を眺める turretを見上げる

 そして、下におりてあらためて色々と眺めます。

Eagle Tower Well Tower〜King's Gate、Great Hall〜Queen's Tower Great Hall Eagle Tower〜Well Tower〜King's Gate〜North East Tower

Queen's Tower〜Chamberlain Tower&Royal Welch Fusiliers Museum

 Great Hall跡地から、地下に向かって階段がおりております。そして、Queen's TowerからChamberlain Towerにかけて、壁の内側や壁の上を歩くことが出来るかたちになっております。そして、この2つの塔は現在Royal Welch Fusiliers Museumとして用いられております(博物館の公式サイト英語Wikipedia)。このRoyal Welch Fusiliers(英語Wikipedia)については、日本語のWikipediaがないので困ってしまうのですが、フュージリアーという用語については日本語のWikipediaがありました。よかったよかった。これによると、フュージリアーというのは本来的には軽いフリントロック式マスケット銃で武装した兵士の意味で、のちに連隊の意味になったようです。
 これ、往時はここにGreat Hallがあったわけですから、この城壁から城の内側を向いた小窓は攻撃用ではなく、Great Hall内を見るためのものですよね。ぱっと見、「壁の幅が狭いけれどここで銃を構えられるんだろうか」とか思ってしまった。

 ところで。これを書いている間、”Chamberlain Tower”はそういうものとして、何も考えずにChamberlain Towerと打ってました。これ、たまたま検索したところ、”Chamberlain”というのは、なんのことはない、チェンバレンでした。あのチェンバレンってこういうスペルだったんですね。
 でも、時代を考えると、あのチェンバレンとこの塔とでは、順序が逆です。あらためて検索したら、”Chamberlain”には「侍従」という意味もあります。侍従の塔ということですね。

Great Hall跡からQueen's Tower〜Eagle Tower 中へ入っていきます 壁の中の通路
反対側を見る 階段を見下ろす 城内の案内

 相変わらず自分の居場所や城全体の構造に配慮がない写真しか残されていなくて嫌になります。

 気を取り直して博物館。もちろん、対象は軍隊ですから、戦死した方々の遺品なんかもあったりするのでしょうから生半可な気持ちで見ていいタイプの博物館ではありません……が、正直、イギリスの戦史を知らないとコメントできないのも事実でありまして、とりあえずかっこいい武器や勲章を見てフムフムしたいと思います。

所属しておられた方々 指令とメダル
説明文はWelshの方がEnglishよりも太くて読みやすい
このあたりはおそらく意図的なんだと思います
Colours and Battle Honours

 The Battle of Alma(英語Wikipedia)で鹵獲した大砲の展示も。もちろん、このアルマの戦いは知りません。有斐閣がアルマの執筆者と原稿料で大揉めした、とかなら笑ってみてられるのですが。


 そして、城壁の上に出ます。

城壁内 ここから上へ Queen's Tower King's GateとChamberlain Tower

 Chamberlain Towerを抜けて、反対側のBlack Tower方向を見ます。

Black Towerへ King's Gate〜Granary Tower〜North East Tower〜Queens Gateが隠れて〜Black Tower
King's Gate〜Granary Tower〜North East Tower〜Queens Gateが隠れて〜Black Tower

Black Tower

 Black Towerのturretにのぼります。
 なにゆえChamberlain Towerを完全にスルーしたのか、当時の記憶が吹っ飛んでいるわけですが、おそらくは時間的な問題が原因だろうと思います。今写真を見返しても明るさが危ういものな。

Black Towerの上部 turretに上がる階段 南西の川方向の眺め 東方向、Queen's Gateの眺め
西方向の眺め。Chamberlain TowerとKing's Gate

 続いて、下りて塔の内部にエドワード1世に関する解説があり、私はそれを写真に撮っていたものの、暗くてピンボケして使い物にならないのでアップはしません。
 それにしても、内部構造が分かるような写真が何一つありません。多分似た感じだから飽きて撮らなかったんだろうけれど、似た感じかどうかは7年経った今となっては記憶からぶっ飛んでいますので、撮らなかったのは大エラーであります。

こんな解説板が続く 西方向 Granary Tower〜North East Tower

Queen's Gate

 続いて、先ほど城外から見えていて気になっていたQueen's Gate。
 何に驚くって、城内からQueen's Gateを正面に見た写真が残っていません。これ、一旦一歩引いて写真を撮るだけの時間的余裕もなかったのだろうか。

Queen's Gateからの眺め Queen's Gateから城内を見る

 自分の行動がイマイチ理解できないのですが、Queen's Gateはあっさり終わってしまいました。外観的にも非常に気になる門だったのに、我ながらもやもやします……。

Queen's Gate前から西方向を見る

North East Tower〜Granary Tower

 さて、次の私の写真はいきなり塔の上からの写真になります。いつもの自分なら、塔の入口とか登ってる螺旋階段の中とかを撮ってるはずなのに、いったいどうなっているのでしょうか。もしかして電池が危うかったのだろうか。でも、エレクトリックマウンテンの中が撮影禁止だったりして、そこまで電池酷使してないよな。まあ、先程来の写真の流れを見る限り、時間的にギリギリだったことは想像できるのだが。

 そんなわけで、上からの写真です。

西方向の写真
左側にChamberlain Tower。手前の塔がGranary Tower
西方向に、もうちょっと上の景色を見る
南方向、Queen's Gate 北〜北東〜東方向、Town Wallを見下ろしたり、遠くを眺めたり
東方向には、入城前に外からQueen's Gateを眺めた広場があります

 そして、North East Towerのturretからおりて、城壁の上を歩いてGranary Towerへと向かいます。写真を見ても日が落ちていて、時間的にきつくなってるのが分かりますね。

Black Tower~Chamberlain Tower〜西方向 目の前にGranary Tower North East Towerを振り返る Queen's Gate〜Black Tower

 最後に、ここで城壁から下りて城内の写真が終わっています。やっぱり時間的にきつかったんだろうな。

North East Tower〜Queens Gate〜Black Tower Granary Towerと城壁の境目
石の段々があったのが気になったようです
西方向
暗さもあってピンボケ

Castle Square & Queen's Gate

 というわけで、城を出ました。城を出た後の写真も残ってません。続いて残された写真は、広場の中の写真であります。
 非常に目立つところにある銅像は、歴史でみんながならうロイドジョージ挙国一致内閣のロイドジョージさん。「ロイドジョージ挙国一致内閣」には墾田永年私財法的な響きの良さがありますね。どういう理由で挙国一致したのかとかは記憶の彼方ですが、多分戦争だろうと思ったらやっぱり戦争ですね。
 もう1つの銅像は、Sir Hugh Owen。Aberystwyth University(University of Wales, Aberystwyth)の創設者だとのことです。このAberystwyth UniversityのWikipedia、26カ国語あって、アジアだと中国語も韓国語もあるのに、日本語がありません。競馬で見せたやる気はどこに行ったのか。というか、単にこのアベリストウィス大学に留学する日本人学生がいない、ってことなのでしょうね。
 ちなみに、このアベリストウィスという街、街には日本語のWikipediaがあります。2023年4月時点で完全に翻訳調の文章になっており、人口も2001年現在の数字が載っているなど、情報の更新もされておりません。ここは京都の与謝野町と提携都市になっているようであり、日本語のWikipediaでは「姉妹都市・提携都市」と一緒くたにして与謝野町の名前も載せております。ただ、英語Wikipediaになると、Twinningの項目に与謝野町の名前がないので、おそらくこちらは正式な姉妹都市しか載っていないのでしょう。

銅像とQueen's Gate 銅像。誰かと思ったら、ロイドジョージさんでした。
こちらはHugh Owen ちょっと引いた場所から、Castle Square 教会

 夕食に、Fish and Chipsを購入。元々狙っていた店なのか、それともたまたま開いてたから買っただけなのか、ちょっと記憶が曖昧です。当時のメモでは

- 夕食代わりにフィッシュアンドチップス。いい加減これになれてきた
- しかし、どうみても不健康色である

とあるので、たまたまなのかな。Castle Squareでのんびり食べた記憶があります。



 そんなわけで、バスを待って移動です。カーナヴォン→Bangor→Chesterというルートになります。

クリスマスムードのカーナヴォン

 このバスで、再び先ほどの京産大の学生さんと合流。まあ、私はコミュ障なので別々に座って、適当にスマホをポチポチしていました。

 すると。後ろから唐突に、「日本人ですか」と声をかけられました。
 不意打ちにもほどがあります。ロンドンならさておき、カーナヴォンで1日2人も日本人に会いますかね。

 彼は、モルモン教の宣教のために日本の埼玉からやってきたという若い方でした。聞いてみたら、やはりユタへの留学経験もあるようです(モルモン教=ソルトレークシティーという頭でしか質問できない凝り固まった自分もよくない)。
 彼は2年間ここにいて、その後一度日本に戻ったのちに、アイダホに行く予定だとのことです。モルモン教の宣教ルートについてはさっぱり分かりませんが、凄いなあ。
 将来は写真の勉強をしたいとのことでして、世界を股にかけて写真の勉強を続けていっていただければと思う次第です。

 なお、私のメモには何故か中国話があり、

- 中国人はモルモン教にあって生活態度が変わったとのこと
- 中国では内心の自由はあるが、活動の自由は制限されており、街中で話しかけて布教することはできないらしい

とのことです。どういう流れでこんな話になったのかは覚えていません。

 あたりまえのことですが、日本人は世界中に散らばって、それぞれの分野で活躍しておられます。イギリスに来ると中国・中国人の存在感の大きさ、日本の存在感の小ささに危機感を覚えたりもするわけですが、若い方々が世界中で活躍して、再び大日本帝国万歳!となることを願うのであります。


Bangorの駅 Chester 駅構内に、William Hill 駅外観
この日の宿はThe Bunkroom
2023年4月時点でまだ営業してます
商店街 TESCO

 この日はイングランドに戻ってChesterのホステルに宿泊。徒歩10分かからないくらいのTESCOで食料調達をしたことを、写真を見て思い出しました。
 そんなわけで、ウェールズ旅行終了です。


カーナヴォン城入城Uttoxeter競馬場

大人の冬休み2015 Wales & Manchester

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