鎌倉十三仏めぐりその1

 今年の頭に祖母が亡くなったこともあり,鎌倉十三仏を巡ることにしました。普段から世俗にまみれた行動をとっていて,こういうときだけ突然信心深くなるのはいかがなものかという気がしないでもないですが,信心深いとか行ったところでたかがしれており,忌中なのに神社にもずけずけ入っていき,穢れなんて知ったことかという態度を前面に出しております。というわけで,完全にスタンプラリー的なノリでまわっており,「お前のスタンプラリーに亡くなった祖母を巻き込むな」というお叱りを恐れるべきなのではないかという気もしてたり。
 とりあえず,今年は七福神をまわらなかったのでその代わり,ということにしておきます。

その1.明王院

 旅の始まりは明王院から。鎌倉十三仏の一番札所となっております。
 ここに行くにあたって,鎌倉の地図と鎌倉の名所をいろいろ検討したのですが……まあやはりここからスタートして,西に歩くしかないな,という結論に達したのでした。

 そんなわけで,バスで明王院です。バスは途中までは混んでいたのですが,観光客の皆様は浄明寺バス停で一斉下車。明王院で降りたのはNPだけでありました。あれれ。マイナーなお寺だったのか…自分の中では明王院も浄妙寺も同じレベルでマイナーなお寺だったのだけれど(←鎌倉というと,円覚寺&建長寺とそれ以外,という認識でしかない)。

 話はそれましたが,明王院。非常に落ち着いたお寺でした。参道には梅の木があり,時期が時期ならとてもきれいなのではないかと思います。しかし,残念ながら開花はまだまだ先。そして,落ち着いたお寺だけに境内撮影禁止であります。撮影禁止のサインも雰囲気を壊さぬよう小さく置かれており,気付かずに撮影する人も一定数おられるのではないかと思います(梅の時期とか)。なんにせよ,撮影禁止なので無駄に時間を食うことなく参拝できました。
 本堂の屋根が,予想に反して茅葺きでした。いやはや,立派な本堂です。
 ちなみに,十三仏の御朱印帳は3種類もあるようです。チラシを見てても思いますが,鎌倉は十三仏巡礼に力を入れてますね。数がそこまで多くなくて丁度いい,っていう発想でしょうか。



その2.浄妙寺

 さて,時間が合えばバスで浄妙寺まで行こうかと思ったのですが,バスまで20分以上あるので歩いて浄妙寺へ。歩くのはいいんですが,道が狭くて歩道もしっかりしてないから,歩いてて怖いんだよな…。

 そして着きましたるは浄妙寺。見てみてびっくり。イングリッシュガーデンなんかもあるようです。いったいどういう理由でこんなところに英国庭園が……。なんかイギリスとの縁でもあるのでしょうか。いずれにしても,今回はパス。あわせて,枯山水庭園もあるようですが,茶室から眺める位置にあるようなので,これも今回はパスしました。
 せっかくなので,足利貞氏公のお墓参りだけ。いまいち誰が何をしたのか,鎌倉期の歴史が抜けてるな…。
 で,受付で鎌足稲荷への行き方を伺ったところ,外を歩いて行く,とのことだったので,一応別項に。





1円だらけ


花塚

番外1.鎌足稲荷

 そんなわけで,鎌足稲荷。浄妙寺で案内が出てましたが,場所としては浄妙寺境内ではなく,敷地外にあるようです。
 どうも,鎌倉の名前は,藤原鎌足がここに鎌を埋納したからだ,という言い伝えがあるようです。鎌倉の地名の由来という,極めて重要な場所なのに,なんでこんなにマイナーなんでしょうか。
 あと,別に社殿が大きければいいってもんでもないんでしょうが,社殿もいやに簡素です。なんか鎌足が嫌われる要素でもあったっけ。


番外2.本寂堂

 鎌足稲荷に登っていく坂の途中にありました。一応解説板も出ておりました。……良くも悪くも扱いが鎌足稲荷と同格です。
 一応三宝荒神を祭神とする神社扱いなんでしょうが,脇には石仏。


番外3.熊野神社

 鎌足稲荷から坂を下りて,今度は逆側の坂を登っていきます。熊野神社です。せっかく下ったのにまた登る。世の中の不条理を感じます。
 鎌足稲荷がまったく人気のない雰囲気だったので,どうせここもそうだろうと舐めてかかっていたところ,バードウォッチングをしながらハイキングをしているっぽい方々に出くわしました。ハイキングなどという健康的なイベントからはほど遠い生活をしておりますので,そういう健康的な方々の邪魔をしないようにせこせこお参りして退散。


その3.報国寺

 上記の通り円覚寺&建長寺以外の鎌倉の寺院には極めて疎いんですが,どうもこの報国寺というのは一部ではかなり有名な寺院のようで,TripAdvisorでは2014年1月時点で鎌倉の観光施設ランキング1位でした。浄妙寺にあまり人がいなかったことを考えても,浄明寺バス停で降りた方は基本的に報国寺メインなのではないかと推察いたします。
 もちろん,ここに行った当時はそんなことも,それどころかここが「竹の寺」と言われていることすら知りません。とりあえずそこに寺があるから寄ってみるだけであります。

 てなわけで,境内に入っていくと,左手には小さいスペースを使った枯山水庭園。基本的に誰からも相手にされておりません個人的にはこういうスペースを無駄にせずにきれいにする姿勢は好きなんだけど。


 さて,ここまでは無料ゾーン。ですが,ここで引き返す人はほぼゼロ。いや,もちろん観察してたわけじゃないから何割がここで引き返すのかとか調べてないけど。
 流れに乗って,竹庭に入ります。ちなみに,茶室のお茶料金も入場時に払うようです。

 そして,竹庭。おお,これは素晴らしい。きれいにそろった竹がまっすぐ伸びています。
 うちの実家の近くにも竹林がありましたが,何が違うのかな。やはり孟宗竹かどうかが大きいのか…。とにかく,いい具合に日の光が差し込んでいて,狭いスペースながらもいい空気感。
 さらに,竹林を抜けた先にも簡単な枯山水庭園。こっちは座って落ち着いて見ることができます。影のせいで(自分が下手な製で)写真に失敗したのが残念ですが…。


 そんなわけで,大通り(といっても狭いのだけれど)に戻ります。その途中,面白いかたちの石仏が。なんだこれ。


番外4.杉本観音

 続いての番外は坂東三十三観音の一番という杉本観音。坂東三十三観音についてその歴史的な背景とかはさっぱり分かってないのですが,なんでここが一番なんでしょうか。こういう観音めぐりっていつ頃からやってるのかな。

 それはさておき,杉本観音は絶賛改修工事中。階段も片側通行。本堂も緑のシートに覆われていて,拝観できないのかと一瞬焦りましたが,本堂内には入ることができました。いまいち観音霊場ルールとか分かってないんですが,ここ最近参拝した西国や坂東の寺院って基本的に本堂に上がれてるような気がします。これって何かルール作りでもしてるんでしょうか。なんにせよ,せっかく参拝するんだからお堂に上がれた方が嬉しいですね。
 ちなみに,ここは本堂の奥にご本尊。なんか面白い構造でした。そして,本堂には多くの仏像がならんでいて,そこの間を歩くことになります。で,ここは蝋燭に本物の火を使ってます。今まで火事にならなかったのが不思議でならない……。



工事で山門も見づらい

千社札が凄い

大蔵弁財天
 
なんていう石か分からないんですが
あまり香炉で使われてない石ではないかと
彫刻の状態が分かりづらいな

弁天池

奥に社が

本堂改修中

六地蔵+1

番外5.荏柄天神社

 続いて,荏柄天神社。日本三天神の1つとのこと。残り2つは福岡太宰府と京都北野とのこと。あれ。これで日本三天神制覇じゃないか。いや,そういえば防府天満宮に行ったときも似たような話を聞いた記憶があるんだけれど,あれって五大天神だったけか…と思ってWikipedia防府天満宮のページを見てみたら,やはり防府も日本三天神を称しておりました。五大○○だったのは五大稲荷の津和野太皷谷稲荷だな。しかもWikipedia上(2014年2月4日現在),三天神の3つめ候補として防府天満宮,大阪天満宮,小平潟天満宮が挙がっていますが,この荏柄天神社は挙がっていません。つまり,「三大三大天神の3つめ候補」でもないんだな。がんばれ荏柄天神。
 というわけで,荏柄天神社もいろいろと頑張っているようで,「受験当日早朝祈祷」というのをやっているようです。神社業界もいろいろ考えますな。天神様を主祭神にしているかどうかはともかく,境内に天神様を祀っている神社は極めて多くあるので,これからはこのサービスが流行るかもしれません。神社に「サービス」って言葉は若干不謹慎というか不釣り合いな気もするけど。
 ここにも熊野権現社。鎌倉って熊野権現を祀ってる場所が多いんでしょうか。2例を一般化するのも問題ありですが。というか,ほかの場所でどれだけ熊野権現を祀ってるかも特に統計化してませんが。穴の中にありますが,定義上お墓じゃないものはやぐらとは呼ばないんでしょうかね?


神門

早朝祈祷について

拝殿
 
本殿は重文指定されているようです

かっぱ筆塚

絵筆塚
 
熊野権現

あらためてこの2本の
木は凄いな

番外6.鎌倉宮

 でもって,鎌倉宮です。
 赤と白の鳥居が面白いですね。意味があるんだろうと思慮しますが,いい加減調べるのも疲れてきたのでまた今度ということにしておきたいと思います。

 ここは護良親王(←ATOK非対応なのか)を祀っている神社と言うことで,明治期に建てられた新しい神社のようです。俗に言う(むしろ俗じゃない場面で使う言葉か)建武中興十五社の1つですね。
 今ふと思ったんですが,護良親王にせよ楠木正成にせよ,祟り神にならなかったんだな。当時の人たちはどういう基準で祟り神を生んでいた?のだろうか。あ,でも,考えてみたら義経って凄い人気あるイメージだけれど,祟り神にはなってないな。道真将門とそれ以外の違いはなんなんだろうか。

 まあそれはさておくとして,この神社には「獅子頭守」という授与品があります。ここでしか見ない,まさに一点もの。青島神社でぐだぐだ文句つけといてなんですが,やっぱり一点ものはいいですね。
 そして,ここには神苑(300円也)に護良親王が閉じ込められていたという土牢の復元があります。やけに狭い場所で,本当にこんな場所に入れられていたのか…と思うとなんともいえない気分になります。が,どうも復元といっても特に往時のものを資料を基に復元したというわけではなさそうです。なんだなんだ。そうならそうと書いてくれるとありがたいんですが(別にそのことで親王に対する慰霊の気持ちが変わる人もおらんでしょうし)。ちなみに,旧東光寺に土牢が作られたとのことですが,場所はこの鎌倉宮の場所ってことでいいんですよね?解説だと「土牢が最期の地」とのことなので…。

 ここには絵とともに親王の御事蹟が飾られているんですが,比叡山の僧兵を味方につけた際に,錦の御旗を出してたんですね。これは知らなかった。あと,信長期には極めて評判の悪い僧兵ですが,さすがにこういう場面だと批判的には描かれないんだな。あと,六波羅軍団は錦の御旗に対しても普通に攻撃してたっぽいんですが,これは大丈夫だったんでしょうか。というか,そもそも錦の御旗の意味を分かってなかったのかな。さらにいえば,錦の御旗ってどういう経緯で国内に広まったんでしょう?多分ちゃんと勉強すればいいんでしょうが,今日はこれまで。


特徴的な色の鳥居
  
拝殿右手の撫で身代わり様
護良親王に仕えた村上義光氏を祀っているようです
義経と弁慶みたいな関係なのだろうな

壮観です。
地震等で崩れないことを祈る

鎌倉宮碑

その4.覚園寺

 そして,続いて覚園寺。途中の蕎麦屋で昼食をとるか迷いましたが,邪念にとらわれずに覚園寺に到達。
 十三仏霊場の札所のはずなんですが,参拝者は誰もいません。境内を掃除しているおじさんがいるのみ。あれれ。鎌倉宮にはそこそこ人がいたんだけど……。

 ではあるんですが,山門をくぐると大きな石塔が登場し,鉄甕が並んでおり,非常にきれいで雰囲気のいいお寺です。あれま,ここに参拝しないなんてもったいない。

 そして,本堂(ではないことがあとで判明する)でお参りを済ませると,なんとびっくり,毎時00分から境内の案内があるとのこと。このとき時間は14時35分頃。う〜む,ここで25分ロスは(ほかもまわることを考えると)ちょっと痛いな。でも,せっかくなので(なにせここまで歩いてこようと思うとそれなりに時間がかかる),25分待つことにしました。一応トイレ脇に風をしのげる待合スペースがあったので,そこで読書がてら時間を過ごすことにしました。
 そうこうしていると,ほかにも1人待つ人が現れ,最後に時間直前に到着した人も加わり(ちゃんと事前に情報収集して時間ぴったりに来たんだろうな),3人で説明スタート。そして,説明している最中にもう1人加わり,4人になりました。説明していただいたのは,先ほどから境内を掃除している方でした。もしかしたら14時からの回は誰も参加しなかったのかな。

 さて,まずはお堂の前で説明開始。ここで,衝撃の事実発覚。(よく間違えられるとおっしゃってましたが)入って正面にあるこのお堂は本堂ではなく,愛染堂だということです。なんとびっくり。そして,本堂へは有料の説明を聞かないと入ることはできません。
 そんな愛染堂には,真ん中に愛染明王,右に不動明王,左に阿しゅく如来。右のお不動さんは鉄製で,試し不動と呼ばれているとのこと。仏師に大きな鉄仏を発注した際に,無理だというならまずこのサイズで作ってみろ,ということでできたものだとか。その他,いろいろ話を聞かせていただきましたが,こんなタメになる話が聞けると思ってなかったので,この日はメモ帳を持参してなかったんだよな…。
 で,寺院の奥に入っていくと,まずは薬師堂。これが本堂。おなじみ薬師&日光月光に加え,左右に12神将。12神将ってもともと干支にちなんで作られているのかと思ったらそうではなく,たまたま12体いたので覚えやすくするために干支と結びつけたんですね。もともとインドなんだからそりゃそうだろ,といわれたらそれまでですが。
 ここの仏師は朝佑という人で,ほかではあまり聞かない名前であるため,この覚園寺の専属の仏師だった可能性もあるとのことでした。
 で,そのあと旧内海家,十三仏やぐらを経て黒地蔵。黒いお地蔵さんってのは確かにあまりみかけません。諸々の言い伝えはさておくとして(置いたらいけないんだろうけど),実際のところ,どういう経緯で黒いお地蔵さんがここにだけ奉納されたのかは気になりますな。


 そんなわけで,50分ほどの解説終了。
 途中,薬師堂と十三仏やぐらでご真言をあげてのお祈りはありましたが,特にお賽銭を求められるわけでも,授与品(薬師堂には一応置かれてました)の宣伝があるわけでもなく,とりあえず日光輪王寺と日光東照宮はここの垢を煎じて飲めといいたくなる雰囲気でありました。
 と,感心してたら,最後にパンフレット100円の販売。買ったんだけれど,写真がたくさんあるわけでもなければ解説がしっかりしてるわけでもなく,もうちょっとなんとかならんかったのかな,というものでした。ちなみに,このサイトこのブログの説明が極めて詳しく,パンフレット100円よりもこっちの方が…と思わないでもない。。
 それはともかくとして,時間はかかりましたが,大満足。時間的に今日はこれが限界になりましたが,これだけしっかり説明を聞ければ全く問題ナッシングであります。

番外7.頼朝の墓(白旗神社)

 で,時間的にもきついので,とりあえず頼朝のお墓に寄ってみました。下には白旗神社。どうもかつては法華堂があったようですが,例によって神仏分離期のごたごたの中で白旗神社になったようです。それはいいとしても,今そこにある建物は明治維新100年記念で昭和45年に造営されたとか。てことは,旧白旗神社の社殿も一回壊されているということになります。何があったのかは分かりませんが,いろいろ大変ですな。
 ちなみに,ここ白旗神社と近くの大蔵幕府跡には,近くの小学生が作ったのであろう解説の紙が掲げられておりました。ぶっちゃけ,かなりよくまとまっていてわかりやすいです(字の大きさがグダグダなあたり,自分の小学生時代のこの手の工作物を思い出して胸が痛くなります)。印刷してパンフレットか何かにしてもいいんじゃないでしょうか。ちなみに,源頼朝の出身が愛知県だということを今初めて知りました。

 で,上に上がるとお墓があり,旧法華堂跡の解説も登場します。
 法華堂は17世紀初頭に堂宇がなくなり,1779年に薩摩藩主島津重豪が墓域を整備したとか。正直,なんでこんな扱いなのかがさっぱり分かりません。東照宮とは言わないまでも,それに近い扱いを受けてもいいレベルの人であり,その墓だと思うんですが……。徳川って源氏を名乗ってましたよね?


覚園寺から戻る道に
川端氏の仮居跡

かなりわかりやすい!

鳥居をくぐって墓にのぼる
 
顕彰碑

由緒記

白旗神社

解説

番外8.鶴岡八幡宮

 時間も中途半端なので,また鶴岡八幡宮に寄ってみました。寄ってみたところ,ぼたん庭園開園中とのことで,昨年の東照宮に引き続き牡丹を見てやろうかと意気込んだのですが…時間切れでした。鎌倉って基本的に4時〜4時30分で閉まるんだよなあ。夜型にはつらい町だ。
 ちなみに,八幡宮の摂社の白旗神社に行ったのは人生初だと思われます。

  
道中ひっそりとたたずんでいた稲荷神社

ぼたん庭園は時間切れ
 
初めての白旗神社


番外9.ひばり湯

 てことで,1日歩いて疲れたので,銭湯に行くことにします。
 前回は鎌倉駅の南側,材木座にある清水湯に行ったので,今回は大船駅徒歩数分のひばり湯へ。
 この日まで(過去複数回鎌倉に行ったことがあるのに),大船が鎌倉市にあるということを知りませんでした。びっくりです。大船市ってないんですね。あと,書き忘れそうなのでここで書いてしまいますが,信長の野望でおなじみの玉縄城が大船にあるってことも先日知りました。女子校の中にあって,男性城オタには難攻不落の城だっていうどうでもいい情報は知ってたんだけれど。


ひばりの絵

 鎌倉市のページによると,鎌倉駅まわりの銭湯は清水湯1件しか残っていませんが,大船まわりには何件か残っているので,次回以降別の銭湯にも行ってみようかな,と思った次第。
十三仏その2へ

旅行記TOPテーマ別