きが熟してつ

 津です。三重県の県庁所在地。漢字仮名一文字なのにローマ字三文字。
 とまあ,そんな程度の知識ですが,津自体には仕事で来たこともあります。当時は仕事だったので,駅前からタクシー移動という豪華なことをしてしまい,津がどういう場所なのかさっぱり分かりませんでした。
 三重県自体はなぜか桑名に複数回行ったり,四日市競輪や松坂競輪にも行ってますし,もちろん伊勢神宮にも参拝しましたのでそれなりに訪問歴はありますが,津に行くのは遅くなりました。遅くなった理由は単純で,津競艇で冠協賛レースをおこなう機会を待っていたからにほかなりません。そして,機は熟した!!

 そんなこんなですが,相変わらず競艇場に直行はせずに観光します。津に来る機会なんてそう滅多にあるもんじゃない,というか,三重県でほかに行きたい場所はまだまだあるから津を見るなら今しかない。

 最初の目的地は,日本三大観音の一つ,津観音寺です。日本三大観音,残り2つは浅草と大須です。どっちも有名ですね。それ故かどうかは分かりませんが,今自分のPCで「日本三観音」「日本三大観音」と検索すると,上位に現れるのは津観音が多いです。ほか2つは「日本三観音」で商売しなくても参拝客がたくさんやってくるからではないかと推測しますが,もしかしたらGoogleさんが勝手に自分仕様にしてる可能性もあるので断言はできません。
 残り2つがこれだけメジャーだと,日本三天神みたいに三番手競りがおこなわれるのではないかと危惧するところです。しかし,こと三観音については,特に津観音以外に3つめ(いやもちろん津は自分を3つめだとは一言も言ってませんけど)を主張している場所はないようです。なお,Wikipediaを見ても,一体この三大観音の呼称がどこに由来するのか全く触れられておりません。誰が名付けたのだろうか。日本観音格付け委員会なんてのがどこかにあるのか。

 さて,駅前から移動します。津に限った話じゃないですが,ターミナル駅からのバス移動のしやすさはGoogleMap対応の有無とバス路線図の見やすさに大きく依存します。行き先だけしか書いてない駅とかもあったりすると,もう地元民以外はどうしようもないですよね。
 津の場合,一応路線図は駅にありましたが,実際の地図との照合は目立つ地名を使っておこなうことになります。この時点では津観音→津城のあと,競艇の無料バスに乗れると思ってなかったので合わせて競艇場に最も近いバス停を探すことになるわけですが,結局よく分かりませんでした。おそらく路線図でいう右下部分の方向に進めば,歩く距離を節約できるだろう,程度の推測にとどまります。でもまあ,歩く距離を短縮できればそれはそれで嬉しいのでまあいいか。

 そんなわけでして,1つ早いバス停で降りましたが,無事津観音に到着しました。日本三観音の1つのわりには人は少ないですが,日本三観音の一つだけあって生半可な地方寺院よりも人が多いです。

路線図 山門 観音様でなく
阿弥陀如来の縁起です
カラスに困っておられる由

 仁王像と獅子に迎えられて,境内に入ります。こういう大きめの寺院に行くたびに書いてる気がしますが,伽藍配置っていまいちよく分からんですよね。あれ,歴史の授業で教わってもそれを生かせない。生かすために教えてるのかどうかはさておき。
 とりあえず,まずは真っ正面にある本堂へ。
 すると,ご家族で?参拝なさっている方々がおられまして,写真を頼まれました。で,これがですね・・・・・・盛大に失敗した気がするんですよね。もう1回撮りますよとお伝えしたんですが,別にいいと言われてしまってそのままにしてしまいましたが……。申し訳ない。そして,その因果がめぐっての車椅子テニスでの連続失敗に繋がるわけだ。



横峰寺からの撫で石
石鎚を眺める位置にある
お寺のようです
文化財一覧
なぜ同じ時期にきれいなものを
作らなかったのだろうか…
観音堂 お地蔵様 天井の絵がきれい
写真だとイマイチだけど
抜苦与楽像
ホームページによると,地元の杉を使った新しい像のようです
抜苦与楽という四字熟語は初めて知りました
こういう仏教熟語を見ると桃太郎伝説を思い浮かべてしまう
私は完全なダメ人間ですな……
五重塔
ホームページによると
三重県初の純木造とのこと
お地蔵様 西国33観音
色がつけられていてきれいな石仏です
丈六仏
ちょうど小津安二郎氏の記念碑の設営中でした お奈津の方顕彰碑
家康の側室ですね
(知らなかったけど。
清雲院のページによると
家康六人衆の一人にもなったとか
検索しても出てこない
単語なのが気になりますが…)
津の商人の江戸進出に
力を添えたようです
護摩堂

 続いて津城へ。言わずと知れた藤堂高虎の城であります。
 なお,あとになって津市のホームページに,「津センターパレス地下1階に本丸・西之丸復元模型がある」という情報が載っているのを知りました。まあ,知っていたとして時間的に行けたかどうかは分からないですが,知らなかったのは悔やまれる。というか,せっかく作ったんだから現地でもっとアピールせんかい。あるいは競艇場に移設してくれ。

 まあそれはさておき,無事歩いて津城趾に到着しました。出迎えてくれるのは立派な堀と石垣であります。期待してなかっただけにこれだけの堀と石垣があるのはなかなか感動的であります。
 が。当時の堀の規模はこんなもんではなく,はるかに大きかったようであります。なんとまあよくぞそんなに巨大なものを作ったな(昔の土木工事の技術や作業内容ってのがまったくイメージできない)。そして,よくぞ大垣みたいにせずにここだけ残してくれたものよ。
 なお,津城に関してはこのサイトをご覧いただくとほぼ完璧かと思われますので,以下駄文は無視してください。

常滑から松阪に行った際に乗った船が寄港したのが
津なぎさまちですな
それにしても,この怪しいキャラはなんだろうか
素晴らしい堀と石垣であります 北多門櫓は破却されておりますが,本丸北側の石垣は素晴らしい
そういえば,北側には犬走りはなかったのでしょうか?

 もう1つ目立つのがなぜここにこれを作ったのか,今となっては部外者にはさっぱり分からない復興三層櫓。おそらくマニアな皆様はこんなものに目もくれないのでしょうが,残念ながら形あるものにとらわれてしまうダメ人間のおいらは,(悪目立ちする)三層櫓に吸い寄せられるのでした。いやでも,ほんと,なんでせっかく丑寅櫓台や天守台があるのにこっちにつくらなかったのだろう。やっぱり入口の脇につくりたかったのだろうか。それとも,櫓台や天守台をきちんと保全したい勢力とそれでも何か作りたい勢力の妥協でわけ分からない場所にできたのだろうか。
 てことで,丑寅櫓台の下を抜けて(ここの部分の堀が埋められた理由はなんなんだろうか),東鉄門跡へと向かいます。
 石垣はきれいですね。いまいちどこまでが誰の時代に作られたのか分からないのですが,とりあえず算木積みで反りはない,無骨な石垣であります。

丑寅櫓台 東側石垣
堀が埋められたからこそ
石垣に近づける
わけではある
復興三層櫓
せっかく作ったんだから,
電線をもうちょっとどうにかできなかったのだろうか
東鉄門より南側の東側石垣
上に多門櫓が乗っていたとしても,ここだけ
元々低かったとは思えないので(奥は高いし),
相応に破壊されてるのではないでしょうか

 かつては東鉄門虎口は枡形構造になっていたようですが,今は誰でもウェルカムでございます。
 なお,完全にどうでもいいですが(なら書くな,と言われそうだけど自分のために書いてる旅行記なので気にしない),僕はWelcomeというと未だに光GENJI(ATOKはこれを変換してくれないということが分かった)のDiamondハリケーンのカップリングが思い出されるアラフォーでありまして,作詞作曲が誰だったか気になって検索してみたら,同名のアルバムも出てるんですな。自分の中の光GENJIがここで止まってるために全く知らなかった。

 閑話休題。
 中に入ると,ちゃんと縄張り図がありました。なぜ北を上にしないのか,さっぱり理解できない縄張り図であります。分かりづらいったらありゃしない。いや,過去と現在を上手く対比させてるあたりは分かりやすいんですがね。
 そして,とりあえず馬鹿となんとかは高いところに登るという言葉通り,馬鹿は石垣に登ります。最近石垣とか塔とかこのテのものにのぼる度にこの言葉を引用してる気がするけど,馬鹿は語彙力がないから馬鹿なままなのです。
 石垣は完全に多聞櫓だったために(←日本語がおかしい)雁木的なものはなく,おそらく後世に作られたであろうスロープ的階段から上ることになります。
 残された石垣の上はは多聞櫓があっただけあって広く,快適に歩くことができます。まあ危なかったら立ち入り禁止になってるだろうけど。柵がないのはありがたいことです。そして,せっかくの復興櫓なのに中に入れない三層櫓。さては清掃用具入れとかにしてるな。

東鉄門枡形解説 今は枡形は跡形もなく 津城案内 公園の建築趣意書みたいなもの
裏を見ないといつ誰がどういう意図で
作ったのかが分からないのに
裏を見なかった
仮名漢字の使い分けが独特ですね

なお,津市民におかれましては
ちょっと先の競艇場を憩いの場所に
していただけるともっとよいかと
口を挟ませていただく次第であります
本丸側から見る復興三層櫓 内側から見る石垣 丑寅櫓(本物)の解説
破風はなかったようです
石垣と復興三層櫓
まあなんだかんだと
絵になってしまうのが困ります
石垣の上に登りました
石垣と,下を見下ろした図
反り返りがないので,一直線に下を見下ろすかたちになります。
閉ざされたドアの向こうに
なにかが待っているのか

 さて,下ります。。時間がないので石垣の上を行けるだけ行く,といういつもの行動をとれない。
 このまま本丸内北側を,石垣に沿って進みます。そして,西鉄門虎口に到着。西側の堀は完全に破壊されており,馬出や西の丸がどこでどうなっていたのか,訳が分からなくなっております。残念。
 とはいえ,ニワカ庭園マニアとして「日本庭園」には興味がありました。が,まあ,個人的には木をもうちょっと上手くできなかったものかな,と思うと共に,おそらくもはやここに突っ込む予算も限られてるんだろうな,と感じた次第です。津市民の皆様におかれましては,是非とも津競艇に金を突っ込んでここの整備をするだけの余力を津市に与えてあげてほしいと願う次第です。

石垣 永遠の平和
ザ・昭和な像ですね
西鉄門虎口
枡形構造はすでになく,伊賀櫓台も消失しております
西北側の石垣
でで〜んと立派なたたずまいであります
ちょっと気になるのが犬走り
木の杭は保護のため?それ以外の部分は
どうなっていたのでしょうかね?
逆側
この石垣はもとのまま
なのだろうか
ちょっと背が低く見えますが
日本庭園
がんばれ。
入徳門 津城解説その2
また微妙に北をずらしてる

 いったん外に出ます。実は若干迷子気味だったということは恥ずかしくて言えない。
 西の丸に入るまわりの石垣はかっちり残っております。西の丸と二の丸を隔てる堀をあえて残した理由を知りたい。土地の権利関係の闇とか見えてきそうで怖いけど。

 そして,そのままちょっと歩くと高山神社登場です。主祭神は藤堂高虎。戦国の世を連戦連勝負けなしとのことですが,そうだったっけか。
 個人的には,藤堂高虎さんは一部では主君を変えまくって嫌われている一方で,一部では当時の主君と臣下の関係を体現した武将として評価されている,なかなかに興味深い人物としてインプットされており(合わせて,信長の野望的には器用貧乏な印象),黒田官兵衛やるんだったら藤堂高虎を大河ドラマでやってもいいんじゃないかと思う次第です。
 それにしても,高山神社という名前からパッと浮かぶのが高山右近だから困ってしまう。
 なお,このテの神社にある郷土研究書が実は最近マイブームなんですが(但しブームは買うところでとどまっていてほとんど読んでない),ここにはそのテのものはありませんでした。

 そして,高山神社〜城山稲荷をぷらぷら歩いていると,巨大な石垣にぶつかりました。天守台です。なお,津城についての事前勉強が不足しすぎていて,天守台の存在をこの時点まで知らなかったことを全世界に晒させていただきます。

二の丸側からを西の丸を見る
このあたりの石垣はきれいに残ってますね
堀とその周りの石垣
高山神社
 
城山稲荷

 さて。そんなわけで,再び本丸区域に復帰しました。
 ここの天守台は中に登ることができない構造です。本丸と西の丸と二の丸を破壊して公園にしつつ,また石垣も相応に破壊しつつ,この天守台に観光客目当ての階段を敷設して展望台にしなかった,津市の方針というのがなかなかに興味深いですね。
 それにしても,織田信包(ATOKさんが変換してくれない)期の五層天守ってどんなんだったんでしょうかね。そのときの天守台とこの天守台は同じなんでしょうか。
 この天守台,小天守台側はきれいに整ってますが,階段ぽいのがある北側は若干崩壊気味です。これ,誰がいつ整備したんでしょうかね?
 なお,今の自分のATOKさんは「うずみもん」を「渦未聞」と出してきやがります。徳島はそんなに渦が好きなのでしょうか。

 そして,藤堂高虎公の像を眺め見つつ,埋門を抜けて外に出ます。

神社の奥からここに到達 奥に天守台が見えます これは分かりやすく
美しい算木積みですね
奥の天守台 大天守台
手前がなんとなく石段っぽいですが,
もしかして天守が立てられなかった藤堂期には
ここから上り下りしてたのでしょうか
手前が小天守台で奥が大天守台 南東側石垣 埋門 小天守台 接近して大小天守台
藤堂高虎の説明と馬上像 埋門とまわりの石垣
天守部分とは目に見えて積み方が異なります
外側(内堀があった場所)から見た南側石垣と埋門
この気になる出っ張り部分について,地元ガイドの方が
解説されておりました
時間がないのでガイドさんの話は聞いてないのですが
確かにこの出っ張りは気になります。
単に拡張の跡なのか,それともほかに意図があるのか
月見櫓台
なんか補修の跡が目立ちます
ほぼ完璧に破壊されてたものを組み直したのかもな
遠くから南東方向石垣を

 そんなわけで,一応時間内に津城跡を見て回れました。思ったよりも石垣がしっかりしている城跡でありました。
 そして,津競艇場に向けて津新町駅へと向かうのでありました。なお,おとなしく歩いて行けばいいものを,距離感がつかめなかったので無駄にバス停に移動してバスで駅に到達しました。

 

中京競馬場へ津競艇場へ


旅行記TOPテーマ別