からっと佐野市

 ありがたいことに仕事がかなりたてこんでおり,死にかけながら1月を過ごしておりましたが,なんとか1日休みを取れたので元気に城攻め。どこに行こうか迷ったんですが,前回行こうかどうか迷った唐沢山城に乗り込むことにしました。

 唐沢山城への行き方は,田沼駅から徒歩か,佐野かどこかでレンタカー借りて行くかの2択であることは前回調査済。ほかに佐野まわりで行くとすると佐野城と厄除け大師になり,どっちも佐野駅から徒歩圏内だったので,レンタカー借りずに田沼から歩くことにしました。
 で,田沼までどうやって行くかというと,館林まで東武特急でそこから佐野線。それは分かってたんですが,電車の時間を勘違いして,いいタイミングで特急に乗れませんでした。で,次の特急に乗ろうと北千住で切符売場に向かったら,おそらく客が少ない時間帯だからか,券売機からお金を出していて,特急券を買えません。すぐ終わるだろうと思って待ってたら,5分くらい待っても券売機は使用不可のまま。で,この5分強の間に,大事なことに気付きました。もしかして,(有料特急でなく)普通の電車で行っても時間が変わらないのではないか。で,あわてて検索したところ,ビンゴ。てなわけで,普通の特急で館林に向かったのでした。東武はのんびり券売機からお金出してたせいで特急券1人分売り損ねたことを反省するように。

 とまあ,ごたくはさておき,無事館林に到着です。ここから佐野線。佐野線は単線で,よく分からない行き止まりホームでした。で,電車がくると車掌さんか運転手さんかが線路を歩いてました。なんか自由な雰囲気でいいですね。

複雑な?構造 前にも書いたけれど,
僕は終点が好きなのです
線路を歩く人がいる

 そんなこんなで田沼駅到着。駅を出ると,「唐澤山神社」の社号標。なるほど,駅前にして唐澤山神社の名前が出てくるのか。それにしても,駅から神社まで歩く人は果たしてどれくらいいるのやら…。
 そして,唐澤山神社の名前を見たのに,まずは一瓶塚稲荷神社に向かってしまいます。寄道万歳。さらに,例によって神社の脇にはお寺があるのでこちらにも寄道。西林寺であります。

田沼駅周辺案内図 駅には唐澤山神社の社号標 鳥居 境内の鳥居 拝殿 柱の装飾が細やか
奉納品あれこれ
白狐誕生の文字が目立つ
彫刻 西宮神社 解説
参道 十九夜女人講中 庚申塔等 日露戦争の軍馬慰霊碑 本殿

 その後,田沼ふるさと館を経由して,ようやく山の下に到着。登山口にも鳥居があります。尤も,鳥居をくぐってもその先には参道はなく,車道をくねくねと上っていくことになります。この車道,案外歩いている人が多く,のぼりながら1人抜かして,さらに前を行くご夫婦に追いつきました。気分は箱根駅伝5区であります。てか,こんなのよりきつい坂を走って登るとか信じられん。それにしてもこの車道,このように歩行者が散見されるわけで,車で走りたくないな。
 ちなみに,この間,いろいろ急いでいたのと,坂がきつかったのとで,ほとんど写真を撮っておりません。ふるさと館はパンフレットをゲットできたという意味ではよかったですが,地方にありがちなよく分からないハコモノであり,ここに注がれる年間の光熱費の出所を心配してしまいたくなります。
 なお,自分の写真を振り返ると,田沼駅を撮った踏切から山麓の鳥居まで20分(この間ふるさと館に寄道),そこから山頂レストハウスで案内図ゲットするまで20分。実歩行時間は30分弱か。まあ冬なら歩けるけれど,夏に歩きたい距離ではないな。

踏切から田沼駅方向 道中鎮座してたお地蔵さん 麓の鳥居と注意事項

 そんなわけで,レストハウスで地図をゲットしていよいよ唐沢山城に突撃します。それにしても,人が多い。なんだこれ。1月18日だから,まだ初詣の名残なのだろうか(佐野厄除け大師も混んでたからその可能性は否定できない。でも,神社には初詣感ゼロだったんだよなあ)。いやだって,申し訳ないけれど,100名城に入らないレベルの山城ですから,基本的にはマニア向けのお城であることは明らかなわけで,いったいぜんたいなんだったのだろうか……。それだけこの地域で,初詣とか関係なく,唐沢山神社が人気ってことなのかな。

 まずは近年組み直されたことが明らかな石垣による食い違い虎口。ここに枡形を設置するからには,この裏に何らかの櫓か何かをおいていたのではなかろうかと推察するところではありますが,残念ながらそのあたりは発掘されていない様子。
 そして,右手に天狗岩。よくいろいろなホームページに出てくる,「唐沢山城からの景色」というのはここから撮られているようであります。物見というと,平坦な物見台に物見櫓というのが一般ですが,この天狗岩は硬い岩がゴツっとしているので,おそらくこの上にしっかりした建築物を設置するのは無理だろうな。なので,普通に岩に乗って遠くを見ていただけなのでは無かろうかと。ただまあ岩のまわりに若干のスペースがあるので,頑張ればここに何か設置できるのかな。

 で,その先の唐澤山荘(人の気配がしませんでしたが,冬だからかな?)脇を過ぎると,大炊井。金山城の日の池月の池と同様,なんとも神秘的な円形の井戸であります。見たところ深そうだったんですが(9メートル下がどうなってるのかは分からん),どうやってここまでのものを石で円形に囲ったのだろうか……そして,この円形の石組みはどれだけ深いのだろうか。
 そして,その脇に八龍大神のお社。龍神って家族思いで愛の成就の神だったのか……。

沿革 レストハウスでもらった地図 途中にあった案内図 食い違い虎口 天狗岩案内
読みづらい 眺め 大炊井 八龍大神

 ここまでは導入。いよいよここからが本番です。まず,目の前に神橋が登場。まあ神社ですからね。ですが,この神橋は水のない窪地の上に架かっております。そして,言うまでもなくこれは,人為的に作られた空堀であります。いやぁ,おそらく後世の人間がさらに人為的に空堀として(あるいは神橋によって神域とそれ以外を隔てるために)きれいに整備したのでしょうけれど,しっかりと空堀として残ってるのは嬉しい限りです。普通だったら空堀を掘ってあまった土で土塁にするんじゃないかと思うところですが,さしあたりはっきりとした土塁らしい土塁は発見できず。もしかしたら二の丸・三の丸の山に持っていったのかもしれない。

 そして,神橋手前にちらっと見える水琴窟への案内。案内が案内として機能していない(目立たない)ために,基本的にみんなからスルーされてました。この周辺が西の丸跡地のようです。西の丸の中心部には建物が建っていて立入不可。まあ,特に遺構もなさそう。そういえば,水琴窟ってなんだかんだあちこちにありますが,維持費どれくらいなんでしょうか。中に藻とか苔とか生えたら音が悪くなるだろうけれど,中を掃除するのって大変そうですよね。
 なお,基本的にみんなからスルーという意味では,せっかく神橋があるのにわざわざ神橋から下に降りて堀を歩く馬鹿もNPだけでした。

神橋 上から四つ目堀 下から 下から四つめ堀 解説 水琴窟

 神橋を渡っていざ神域。既に鳥居をくぐってるんだから神域内なのではないかという疑問は脇に置きます。左手に見える和合稲荷神社に挨拶して,三の丸方向に舵を切ります。
 三の丸の下にはまず帯曲輪。帯曲輪といいつつ,なかなかワイドな曲輪でして,昔は建物なんかもあったのではないかと思うところです。あ,今写真を見ると,この帯曲輪の奥の方に土塁っぽいのが見えますね。
 で,帯曲輪の上に三の丸。三の丸の奥に人形供養塔がありました。なぜここに。供養祭のようなことをやっていて,それをやるのにスペースが必要,とかそんな話だろうか。

 そこからさらに二の丸に登っていきます。
 二の丸に向かう途中,堀切があります。今見てもはっきり堀切と分かる,しっかりした立派な堀切です。素晴らしい。ただ,ここだけ草が生えないというのも違和感しかないので,おそらく後世の誰かが堀切としてしっかり整備したんでしょう。してくれてありがとう。
 で,本丸下の石垣が目に入ってきます。いやぁ,素晴らしいですな,これ。美しいです。
 二の丸は奥に神楽殿があり,神社色が強いですが,本丸への階段脇にある石垣がまた素晴らしい。ここの石垣は2段構造になっておりますが,さっきの本丸下石垣が高石垣だったので高石垣を作れないというわけではないのでしょう。ここの石垣は大きな岩を使っているものがあり,迫力あります。

和合稲荷 登ると三の丸
奥が帯曲輪
帯曲輪 帯曲輪から三の丸を見上げる
電信柱が邪魔ですね
三の丸 人形供養塔 三の丸から二の丸を見上げる 堀切


表御殿跡の本丸下石垣 二の丸へ 二の丸入ってすぐの石垣 二の丸
本丸を見て左側
石垣がないのは,もともとか
それとも崩れたか埋もれてるのか
向かって右側
なんというか,あまり
こういう石垣の組み方を
見ないような気がする
武者詰に出るところ 本丸への坂と階段
昔からこの緩さだったのかな
本丸手前部分の石垣
段になっているのは意図的なのか…?

 そんなわけで,めでたく本丸に到達。二の丸方向にも石鳥居はありますが,正式な参拝路は南城〜南局を経由して登るルートです。社務所も南城にあるしね。どうしてこっちからになったのかはよく分からんですが……神社建築には詳しくないんですが,社殿は太陽の方向を向くってルールがあるんでしょうか。解説によるとやはりいわゆる大手口はやはり二の丸側のようです。なお,こっちから登ってくると手水もありません。
 本丸まわりの石垣を見るとおそらく塀か何かはあったんでしょうが,あまりがっしりとしてないようにも見えます。ここには奥御殿があったようですが,あまり防御施設としての曲輪としての意識はなかったのかもな。
 あと,南城から南局を見上げると,明らかに近年石段が作られたのが分かるだけに,かつてここにどういう階段があったのかが気になります。昔からこんな大きな間口だったのだろうか。
 そして,南城下の石垣も素晴らしい。あまり背丈が高くないので防御能力という観点からはよく分からんところですが。そして,その先の一つ目堀や物見櫓の跡を探す旅にでましたが,よく分からないまま敗北しました。ほかの遺構がしっかりしてるだけに,ここもしっかりしたものが残ってると予測したのだが。もしかしたら地図の見方を間違えて明後日の方向を探索した可能性もありますが…。

 
二の丸を見て虎口左側の石垣
そういえば,二の丸から本丸へは一直線ですね
右側の石垣をアップで 解説 拝殿 獅子。どっちも阿形であります
南局跡を見下ろす 解説 南城から南局跡を見上げる 解説 南城跡について
ですます調とである調が
混在する上に,なぜいきなり
環境省が出てくるのか分からない
南城跡からの眺め
猫がいました 神社解説
ここにも環境省
南城下の石垣 地図上,「物見櫓」とある方向に
進んでみましたが
特に何も発見できず退散

 というわけで,主だったところは全て見終えたのですが,せっかく田沼からえっちらおっちら歩いてここまでやってきたので,ここで引き返すわけにはいきません。後半へ続く。

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