浜松半日観光記

 平成22年1月10日。エコパスタジアムで行われる名波浩引退試合観戦のため,浜松に行きました。

 浜松,といえばオートレースと浜名湖の競艇しかイメージがない,というのが一般的なのではないか……とは思いませんが,まあ一般的な浜松知識としては,@企業城下町(ヤマハ・スズキ),Aうなぎ,B浜松城,C餃子,D浜名湖……というあたりなのではないかと思います。
 それにしても,一体いつの間に浜松が政令指定都市になったのでしょうか。政令指定都市の濫造は最近のG1濫発と通じるものがありますな。だからどうした,というわけでもないのですが。

 で,いかんせん午前中に観光を済ませてエコパに行かなければならないので,目的地を絞る必要があります。とすれば,急造お城マニアとして浜松城に行き,昼ご飯にウナギか餃子を食べよう,というルートをたどることになりました。

 さて。朝食をとって,馬券を買って,観光スタートです。
散歩道マップ
 浜松では,「家康の散歩道」という散歩コースを設定しているようです。全部まわるのは不可能ですが,せっかくなのでこれに乗っかって歩くことにしました。

誕生井戸 説明書き 井戸
 まず第1ポイントは徳川秀忠誕生井戸。その名の通り,秀忠が井戸の中で生まれた…のではなく,産湯として使った井戸がここにある井戸らしいです。徳川秀忠という人物は何かと評価が難しい人物なのではないかと思います。まあ関ヶ原遅参あたりは「故意に遅れた」説は弱いようですが。家光の評価の難しさとあいまって,なかなか興味深いところではあります。しかし,NPは歴史に関する知識はそこらの一般的受験生から毛を抜いた程度しかないので(除競馬史),ここは「興味深い」という形でお茶を濁します。
 まあ,ここは井戸があるだけで,特に面白いイベントもないので(おばさんが井戸の中に指輪でも落としているはずもなく),次に進みます。

椿観音通り 椿姫観音
いかにも町のたばこ屋がありそうな場所にあります
お参り(-人-) 観音像の写真 横で祭られていた石
 次の目的地は椿姫観音。そこに向かう道は「椿観音通り」と名付けられているようです。正式名称なのか,それとも近所の人が勝手に名付けて看板を置いたのかは不明ですが。このテの小道とか,あるいは坂なんかも,地元民の中で親しまれてる名前ってありますよね。これってどうやったら正式名称として国土地理院?に認証されるのでしょうか。かつてNPが育った町にも,「ねぐるみ坂」「たぬき公園」などの名称で呼ばれる場所があったのですが,正式な地図でその名を見つけたことがありません。そして,NPは部外者(外から引越してきた人間)なので,名前の由来も知りません。気になりながら,ついに社会人になって地元を離れてしまったのでした。
 で,この「椿姫観音」。おそらく「椿姫」で「つばき」と読むんだと思いますが,そうなると「椿観音通り」はどう読むべきなのか。空気を読んで「つばきかんのんどおり」なのか,あえて「つばかんのんどおり」なのか。一観光客としては興味が尽きないところではありますが,どうみても議論の実益がないのでスルー。
 曳馬城(引馬城とどっちが正式名称なんでしょうか?)落城の際に頑張った女性がこれの由来らしいですね。はい。戦国時代好きとしてはこのへんも興味が尽きないところではありますが,観音像前で思いをはせている場合ではないので,お参りをして曳馬城趾・東照宮に向かいます。

東照宮 説明文 曳馬城趾から浜松城を望む こんな感じの小高い丘に位置しています
 東照宮は,「曳馬城跡地」と言われなければいわゆる普通の神社であります。小高い丘にあるので,お城としての価値はあったんだろうなあ,と思う現代人なのでありました。飯尾vs今川なんかは現代まで因縁がありそうな気がしますが,実のところどうなんでしょう。
 こちらもお参りを済ませたら長居は無用。いよいよ浜松城に向かいます。

浜松城,といったら石垣ですな
1つ抜いたら何がおこるんでしょう…
全部崩れてきそうな恐ろしさがあります
解説文

色々な角度から天守閣。写真的には木が邪魔です
家康公お手植えのみかん
どうも駿府城のものを接木したものらしいです
天守脇にある神社 のぼりを立てる武士 天守曲輪 天守曲輪の井戸
 浜松城は同じく小高い丘にあります。曳馬城よりも立地がいいような気がしますが,どうなんでしょうか。それとも浜松城築城時に大規模な造成工事をしたんですかね?
 浜松城と言えば,石垣です。野面積みの石垣は,本当に無造作に石を並べてるように見えますが,これが頑丈なんですね。400年の風雪に耐える石垣。素晴らしい。いやはや。頑丈な石垣を作るまでに一体何回くらい石垣は崩れたんでしょうか。設計図とかはないんかな。
 そして,浜松城入場。浜松城自体はコンクリ天守であり,入ると階段が登場。まあ,このあたりは期待してなかったからいいんですが,地下に降りる階段が。井戸があるようです。
 ん。今まで,そこそこの数のお城に入ってきましたが,天守のど真ん中に井戸に降りる階段があった城ってあったかな。名古屋城は井戸があった記憶がありますが。これっていったいどこからどこまでが当時のもので,どこからどこまでが新築なんでしょうか。天守の地下ってわりと倉庫になっているイメージがあるんですが(完全に伊予松山城のイメージですが),井戸があると穀類が湿ったりネズミ天国になったりしそうだな。
 この井戸のある地下。いったいどこからどこまでが当時の作りなのか,これまた分かりませんが,木で囲まれていて,端から見たら風呂に見えます。
下へ! 風呂…ではなく 井戸 やはり中にはコインが

 そして,3階に上がるとありがちな展望スペース。遠くまで見渡せます。

いかにも櫓があったような場所に案内が… と思ったら,「基本測量」の文字が 天守曲輪を見下ろす 曳馬城方向を眺める
本丸 家康像 本丸から天守を見上げる
 さて。城を攻略したところで,次の目的地へ。浜松駅方向に進路変更。本当に日本庭園にも行く予定だったのですが,完全に忘れておりました……。バカバカ馬鹿。

三代目の松
 てことで,散歩道ナンバー5の家康公鎧掛松。ま,松です。何も言われなかったらみんなスルーしたでしょう。家康が鎧を掛けただけでこの厚遇。家康が松に鎧を掛けたのがこの1回,とは思えないので,正確には「逃げ帰ったときに」鎧を掛けたというところがポイントが高いわけですな。松としては負けてくれてありがとう,というところでしょうか。

 その後,五社神社に向けて大通りを歩きます。浜松は縄張りがほとんど残っていないので,大通り沿いにある「大手門跡」「高札場跡」「本陣跡」なども,立て札のみ。
 で,大通りから一本入った五社前通りを進んで五社神社。徳川秀忠の産土神として徳川氏より崇敬されていたようです。

 その五社神社の近くに,浜松復興記念館。第2次大戦からの復興を記念して建てられた建物のようですが,入ったところ案の定他に誰もおらず。主な用途は会議室なんでしょうな。
 で,そこが「浜松医学校跡」らしいのですが,まあこれについても特に感慨はわかず。
市役所
政令指定都市にしては普通
花いっぱい運動 大手門跡
跡形無し
高札場跡
立て札のみ
五社前通り 鳥居 光海霊神の碑
五社神社 本殿 浜松復興記念館 浜松医学校跡
これらも立て札のみ

 そんなわけで,一通り観光スポットをめぐったので,浜松駅へ。その途中,ショッピングセンターの1階でLPレコード屋が展開されていたので,物色。いまだにCDを持っていないPEARLのファーストを発見してしまいました。ついでに,スピニッヂパワーのレコードも発見。こういうレコードって何かと買ってしまうんですが,聞く日は来るのでしょうか。ついでに,競馬ものも2枚購入。
一兆のうな重 PEARLのFIRST スピニッヂパワー 貴公子 テンポイント

 そして,浜松駅から近い餃子店は12時近くにならないと開かないようなので(多分地元民ご推薦のおいしい店はもっと早くから開いてるんでしょうが),昼食は,ウナギに決定。店を探すのも面倒なので,駅横の一兆でうな重上。個人的には三島で食べたウナギの方が好きだなー。

 てことで,浜松半日駆け足旅行は終了。次はオートか競艇か……。

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