惨状の三条に参上して山上(最後の山上というのが,3日目夜のイベントを意味する)

 さて,新潟遠征3日目です。
 どうも一部に誤解があったようなのですが,今回の遠征は,もともと3連休に寛仁親王牌を見に弥彦に行くというのが発端で,ちょうど新潟競馬が開幕するのでこれをくっつけ,さらに新潟競馬後の夜が暇だな,と思って見てみたらレッズがビッグスワンで試合をするのでこれをさらに組み込んだ,という流れで予定がつくられております。で,問題は3日目。3日目をフルに使えるのであればまた別の旅程も考えられたのですが(2日目に新発田城に行って3日目弥彦,というプラン),3日目の夜に予定が入ったため,新潟よりも東京寄りでなにかを見たいということになりました。
 そうであれば,三条競馬場跡地に行ってみるのがいいかな,というわけで,三条に寄ることが決定したのであります。

 ところで,NPのパソコンの古いデータを見ていたところ,前回の新潟遠征時にSAMがNPのパソコンを使って打ち込んだ日記(SAMが新潟一人旅をしている間に書けなかったことをNPのPCに打ち込んだもの)が発掘されました。大昔にSAM日記が掲載されていたサイトをたどると,今はサム行○書士事務所というよく分からない士業につながります。ので,ネットからそれを探してみたところ,AthleteではなくTechnopolis-Marsに発見。でもまあ,いまさら昔の日記にリンクを貼るのも(これを読んでいる人が間違って検索に引っかかってしまったごく少数であるということを差し引いても)無粋なので,まあ見なかったことにします(どうしても知りたいという人はNPと個人的に知り合いだと思うので,個人的に連絡するよろし)。それにしても,Geocitiesって懐かしいなあ。今や個人向け無料ホームページサービスなんて下火もいいところだけれど。
 とりあえず分かったのは,SAMも燕三条から三条競馬場まで歩いていたということ。白馬勢はなにかにつけて競馬場まで歩くのが大好きなのでありますな。


 とまあ,歩いたことを頭出ししましたが,とりあえず3日目スタートです。
 まず,荷物をコインロッカーに入れて,必要最小限のもの(のみものとか)を,昨日弥彦でゲットした袋(肩からかけられる紐付きのビニール袋(大昔ムラサキスポーツのがはやりましたね))に入れます。
 で,出発。暑いです。暑い中,車向けの大通り(多分国道)を歩くのは精神的にも肉体的にもかなりきつい。そういえば,去年もこんな感じで徳山競艇場の最寄りバス停から競艇場までひーひー歩いたな……。あまりに暑すぎて10分程度しか歩いてないのに燃料切れになりかけ,途中ガストで朝食。ここで栄養と水分を補給できたので万全の体力で三条競馬場跡地に向かうことが出来ました。

燕三条 バス停には幸福の科学……
いや,別にいいんだけど……
運動場へ

 三条競馬場跡地が,ガストから見て交差点の対角線の位置にあることはおおよそ分かっているのですが,入口が分からない。というわけで,三条燕総合グラウンドというのが元三条競馬場なんだろうと予想して,そっちに向かいます。……外れました。
 でもまあ,元三条競馬場の裏側を見ることが出来たので満足。先日の弥彦ホテルでも書きましたが,このての廃墟って割れた窓は段ボールとかで応急措置をとらずにそのまんまにするのが正解なのでしょうか。

スタンドが見えてきました
小学校の校舎みたいです
近づく
門がないので入っていいはず
見上げる
地震に耐えたのが不思議なくらいだ…
さらに見上げる
屋根は大丈夫なのか
スタンドの座席の下は
単なる廃棄物保管庫になってます
裏手。これだけみたら小学校

 というわけで,逆側から入るべく歩きます。道中,お地蔵様が祭られておりました。馬頭観音は見当たらないな……。
 そして,三条場外販売所の看板発見。いよいよ,三条競馬場跡地であります。時間が合えばせっかくなので馬券を買いたかったところですが,開場は11:30なのね……。待ってらんない。

お地蔵様 →場外発売所

 そんなわけで,右に曲がると……見えてきました,場違い感にあふれる三条競馬場スタンド。噂には聞いておりましたが,立入り禁止の2階以上部分が崩れ落ちないか不安になります。
 南関場外が開始になるまで1時間半あるので,誰もいません(と思ったら,あとで警備員さんが準備しているのを発見。なお,誰もいないのをいいことにスタンドに登ることも一瞬頭をよぎりましたが,このへんはヘタレNPだけあってそういうことをする勇気は無かったのでした)。とりあえず,スタンドまわりを散策。
 大井場外として生きている1階部分へは階段2つとスタンド横の入口の計3カ所から入れるんだと思われます。張り紙を見ると,平成24年の4月から有人販売がなくなり,すべて機械販売になったということです。やはり経営は苦しいんだろうなあ。それにしても,国道の近くだから国道沿いに店はあるわけですが,「それっぽい人」向けの「それっぽいお店」は存在しなかったように思われます。三条競馬廃止でつぶれて無くなったのか,それとも元から無かったのか……。

スタンド 大井競馬三条場外 立入り禁止 のぼらないで! 逆からスタンド
1階への下り階段その1 おでんと豚汁
左のドアに有人販売とりやめのお知らせ
入場拒否について 1階への下り階段その2 奥に「連勝」の文字が見える 左は「購入メモ」なのかな?

 そして,今回三条競馬場跡地に行ってみてびっくりしたのが,「想像以上にコースの跡形が無くなっていること」と,「馬がいること」の2つでありました。
 てっきりコース跡地はグラウンド状態になってるかと思ったのに(だからこそ冒頭で道を間違えた),一部は駐車場になり(競馬が存在していたころにこんな土手があったとは思えないから,おそらく造成したんだろうな),コースの痕跡を見つけ出すことは出来ません。どうもスタンドとコースが平行になってなかったという情報もあり,そうなると痕跡を見つけるのがさらに困難になります。
 もちろん事前に少しは調べていて,ここ(訪問日不明),ここ(訪問日不明)やここ(2007年8月)ここ(2008年5月)や須田氏のブログ(2008年9月23日),2010年の探訪記でもそれなりにコースの痕跡がありそうだったし…。夏に行ったのが失敗,という説もあるけれど。
 ちなみに,三条が生存していた頃の記事としてはこの辺がパッとヒットします。2001年6月1999年11月1999年11月2001年8月
(注:すべて無断リンク。いやまあ,ネット草創期なら間だしも今時リンクを断る方がまれなのは分かっております)

 そして,なによりびっくりしたのが,「馬がいる」という事実。本気でびっくりしました。まさか競馬が廃止されてから10年がたつ競馬場跡地に馬がいるとは……。クマが放置されている定山渓クマ牧場とはわけが違う,まさに,本当に人間と馬がいて,厩舎があるのです。いやはや,本気でびっくりしました。
 どうも,三条乗馬クラブさんが使っているようです。土地の賃料はいくらくらいなんだろうか……。土地の所有者は三条市なんだろうか。
 あと,さらに奥に見える緑の塔が一体何なのか,宗教施設なんじゃないかと気になっていたのですが,どうも単なる電波塔のような気がします。

草がぼーぼー
コース跡が土になっている,
というようなこともない
スタンド前は駐車場 その右手に馬!! 場外オープンに向けて
警備員さんが準備注
駐車場とスタンド 広々とした駐車場
駐車場には車無し 馬場 厩舎。後ろの緑の塔が気になる 馬運車
乗馬クラブとポニーパーク
駐車場は広い
正面からスタンド 土地は造成したんだろうか 車道

 正直,ここまで盛大に馬場の痕跡が消されているとは思っておらず,途方に暮れてしまったのであります(馬場の跡だけ土になっていて,そこを歩いて一周するくらいのことを予定していた)。馬場を歩くどころか,背丈の高い草がボーボーに生えていて,下に降りるのにも勇気がいる状態だとは……。
 そんな中,唯一,馬場の痕跡を残すのが,おそらく馬場の外側に立っていたであろう数本の木の存在。ほんと,これくらいしか痕跡が残っていないのです。まあ,冬場に来たら草の量も減ってまた事情が変わるんだとは思いますが……。

奥の木が王子の痕跡 写真だとカーブを描いているのがイマイチわかりづらいな 馬場跡は草ぼーぼー 馬場の痕跡無し 面白い形の木
増水時に曲がったのかな?
外周にあった木がわずかに馬場の痕跡を残します……
この木も,川が増水したりしたらなくなったりするのかな……
木が残ってて何より 川の対岸から

 現状,跡地の有効利用のめどは立っていないようです(2011年5月更新の三条市かわまちづくり計画事業(案)には意見が1つも出ていない)。まあ,競馬場を置いていたら大赤字だったんだろうから,廃止の決定については特になにも言いませんが。現状この土地の維持整備にいくらかかってるのかは気になるところだな……。
 ちなみに,この大井三条場外の売上げの1%はちゃんと三条市に入っているようです(ここ参照

 あと,今でも三条のことについて語りたい人は多分ここがベスト。

 そんなわけで,競馬場跡地を見たので,あとは適宜寄り道しつつ北三条駅に向かうだけです。


三条その2

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