まわる静岡その2

 そんなわけで,田中城の本丸へ向かいます。
 せっかく下屋敷で散歩用の地図を受け取っていたのに,鞄に突っ込んだままその存在を完全に忘れており,GoogleMapさんを見ながらの行軍でした。
 
六間川越しに下屋敷 鯉を「かわいがる」という
表現は結構斬新では?
支流からの合流地点に鯉が集う
酸素があるからか,餌があるからか,
それとも水温の関係か
新宿一之門跡

 とはいえ,適当に歩いていても,そこかしこに何らかの遺構は発見できます。ある意味意外性があってよいです。ただ,本丸目指してるはずなのに関係ない道をぐるぐるまわったりして時間をロスする欠点はあります。

 ところで,こうやって昔の縄張り通りに道がまわっているのをみて,何かを思い出しますね。そう,廃競馬場跡地です。競馬マニアもお城マニアもやることに差がないということですな。

 それはさておき,適当に歩いていると続いてある意味メインイベントである馬出曲輪跡の三日月堀。目の前の家の壁がまさに三日月の池に沿っております。これ,誰がどういう土地利権を持っているのでしょう?手前側(三日月堀側)は市なりなんなりが持ってるってことなのだろうか。奥の家もこの土地を買うのには結構迷ったのではないだろうか。

 で,あとから知ったのですが,この三日月堀・馬出曲輪遺構がが極めて綺麗に残っているのは吉田にある小山城のようです(復元のようですが)。武田的丸馬出というのは独創的・特徴的なだけあって急造お城マニアにはうってつけの商品であります。今なら相良草競馬とセットで行けた…はずなのに,行った当時は小山城のことを知らなかった(帰ってから知った)ので,これは次回の課題としたいと思います。

案内は簡素に 紀三井寺を思い出す 土塁だ! 三日月堀(馬出曲輪)跡。美しく三日月状になっております

 そして,本丸跡へ。本丸跡には小学校がたっており,この日はゴールデンウィーク初日の土曜日でしたが部活かなにかで大変賑わっておりました。大変賑わう小学校の脇を,三十代のいかにももてなさそうなおっさんがカメラを片手に歩いているわけですから,書いていても怪しさ満点です。これを書きながらに自分で自分を警察に通報した方がいいのではないかと思ってしまいます。
 そんなわけで,なるべく怪しさを出さないように?さっさと写真だけ撮って退散。

田中城本丸跡
カーブミラーに変なおっさんが
写っているように見えなくもないので
通報されないよう拡大版はちょっといじりました
学校の敷地内に田中城を想像したのだと思われるジオラマが 小学校前らしい押しボタン

 そして,GoogleMap上にはいかにも堀の遺構だろうと思われる池が表示されております。というわけで,ここを目指すと……ビンゴ!二之堀遺構に到着しました。あわせて,二之堀にかかっていたとされる大手二之橋の復元もありました。ここでもきちんと当時の姿っぽく湾曲した堀の姿を見ることが出来ます。
 それにしても,歩いてて思ったのは,このあたりはひたすら平坦だということ。平坦だからこその三重・四重の堀と土塁なんだろうな。また,平坦だからこそ,現存する土塁がやけに目立ちます。これはちょっと嬉しい。

二之堀案内 二之門跡 二之堀 大手二之橋
もとは長さ5.4m,幅3.6mだったようなので,
復元ではなく記念碑的な感じですね
住宅と道路を区切る壁に「田中城跡」の文字
どうも個人で寄贈されたようです

 土塁や堀なんかはいくつか残っておりますが,門はなくなっており,簡単な標識が立つのみ。標識を見て過去のどういう姿を妄想するか,こちらの妄想力が試されるわけです。これは難度が高い。なんか絵図でもあったりするとまた違うんだろうけれど。

大手一之門跡
騎馬武者なら48騎収容できた,とのこと
すごいな。収容する必要があったのかはさておき
昔の名残 武家屋敷・石垣跡
後ろの石垣は関係ないはず

 そして,三之堀へ。学校の裏手になります。まあみれば明らかに土塁っぽい盛り上がりがあり,遺構だと分かります。が,意識してみないと単なる池だな。ザリガニや鮒なんかがいて,子ども達の遊び場になっているのではないかと期待します。
 どうも今も水が湧き出ているようで,水はきれいです。
 また,奥の土塁に向けて簡単に道がのびていて,土塁の上に登ることができます。まあ,登ったからどうした,というと,特にどうってことはなく,どちらかというと子どもの遊び場になっているのだろうと想像します(想像してるだけで実際に遊んでる姿を見たわけではありませんが)。でもまあ,お城の現代的な姿としてはそれもありかな,とも思うのであります。

解説 土塁の上から

 さて,三之堀と土塁をのぼっているときに,何気なく鞄を見ると,実は下屋敷で散歩用の地図をもらっていたことを知りました。というわけで,これからは地図を片手に歩きます。

三之堀と土塁跡その2
とりあえず近くの水の流れを撮ってみましたが
これが本当に三之堀なのか,それとも
後日つくられた用水路なのかは判別しようがございません
昔の縄張り通りに湾曲する道
廃競馬場のコーナー跡みたいですね
稲荷神社・亀城神社跡地

 ところで,この日はゴールデンウィーク初日。それなりに暖かく,散歩にはいい日和です。というわけで,てくてく歩いていたところ,鯉のぼり発見。風にたなびいて,本当に「鯉のぼり!」という感じの鯉のぼりです(風が強かったのでポールが折れるんじゃないかと若干心配しながら見ておりました)。
 で,鯉のぼりをしばらく過ぎると「三之堀・土塁跡」の表示。あ,確かに鯉のぼりの下にはバンケットっぽい土塁があります。田中城の遺構を見に来てるはずなのに,鯉のぼりに惑わされてせっかくの大土塁をスルーしかけておりました。ダメダメですな。
 この土塁にも,一応田畑のあぜ道を通ってのぼることができます。あぜ道を通るのは若干気が引けますが,まあいかにも通ってくれと言わんばかりの道が出来ていたので通らせていただきました。

三之堀・土塁跡 ここを通る 遠目から 土塁上から鯉のぼり 鯉のぼり
平島一之門跡 一之門から土塁 平島木戸 御成街道 馬上の清水

 そして,馬上の清水(言われなきゃ広めの用水路としてしか認識できないな)をこえて,藤井神社。由緒書を読む限り,田中城とは直接的な関係はなさそうです。
 御神木が非常にずっしりと鎮座されております。これは面白い。また,その下には「御神木指定証」が掲げられておりました。御神木って審査委員会の審査を経て指定されるものなんですね。初めて知りました。面白いな。

藤井神社 御由緒 拝殿 御神木 指定証なんてあるのか
これは無縁仏のお墓? 寺の文字
本来寺に帰属するべきものを
場所が無いからここに置いてる,
ということだろうか
これは個人の奉納品かお墓かな? 末社

 そして,最後に,田中城内の門を移築したとされる,旭傳院へ。当然何らかの解説があるかと思いきや,文化財指定されているのは松のほうで,城門についてはなんの解説もなし。これ,本当に移築された門なんでしょうか??

お寺 ほかに該当する門もなさそうなので,
これが移築城門とされている門だと思う
庚申塔 6地蔵 これは新しい
城門の案内かと思ったら
松の案内でした
正面から本堂 本堂 無学すぎて誰の家紋か分からない

 そんなわけで,田中城遺構探索終了。
 なんか本当に廃競馬場探索しているような気分でした。

 西焼津の最後として,タクシーから見えた大きな鳥居が気になった大井神社。弁天池もあったりして興味が尽きませんが,なにより奉納されて掲げられている絵がなかなかに味があってナイスです。ナイスです,という感想しか残せない自分の語彙のなさが嫌になりますね。

鳥居 本殿が文化財指定されているらしい 境内 拝殿
敬神生活の綱領 戊辰戦争? 獅子と狛犬 弁天様

 と,いうわけで,帰りは徒歩で西焼津に戻りました。再度静岡に戻ります。

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