トウショウグウ

 東照宮。カタカナにするとトウショウグウ。うん,カタカナにしてもあまり馬っぽくないな。
 とりあえず,日光といえば東照宮。東照宮といえば三猿と眠り猫。これがどこでどういう存在になっているのか,なにせほかの神社では見ない存在なくせにやたら有名なだけに気になっておりました。小学校時代,確実にこいつらは見てるのですが,どこでどう見たのか全く記憶にありません。
 さらに,今回の日光行きの要因の一つとなったのが五重塔の心柱特別公開。スカイツリーと同様の構造を採用しているとのことで特別開帳となっているのでありました。
 そんなわけで,滑りやすい坂道を上りながら東照宮を目指します。がんばれ受験生。

滑りやすい 634メートル 東照宮の社号標の上部の三つ葉葵は
いつくっついたのだろうか?
石鳥居
黒田長政の奉納なんですね
ゆず餅

 さて,石鳥居をくぐると左手に五重塔です。いまいち東照宮の伽藍配置が分からないな,というよりも,五重塔ってどっちかというと仏教寄りの建物か。神仏習合の名残なのかな。よくぞ明治初期に壊されなかったな。
 そして,このあたりにはお店が出ており,右手ではお団子コーナー。とりあえずゆず餅を食べて小休止。それから五重塔に入っていきます。別料金です。まあ,特別拝観だからな……。そして,これは完全にこっちの勘違いだったのですが,てっきり中には入れると思ってたら外から内部を眺めるだけでした。それでもまあ普段見られないものを見られるのだからありがたやありがたや。中には仏様と,御心柱が。外からなので,内部の階段構造や詳細は分からず。
 で,さらにまわると下から心柱が浮いているさまをのぞき込めるようになっております。これで10センチも浮いてるのかー。よくぞこういう工法を編み出したものだな。いやぁ,文系には分からない世界だ。
 そういえば,輪王寺山内には四本龍寺三重塔もあるわけですが,建てるときにその位置関係やこっちも三重にしようとかそういう議論はなされなかったのかな。







五重塔 干支の彫刻 これが見所
確かに浮いております。

 そんなわけで,仁王門をくぐります。本気で日光知識がないので,どれが陽明門か分かってなかったりする。おそるおそる進まないと見逃しかねません。
 それはさておき,ここの仁王像,いやにペンキが剥げ剥げなのですが,これでいいのでしょうか。輪王寺と東照宮の狭間に落ちてどっちも手入れしない状態になってるのではないか,と余計な心配をしてしまいたくなります。

仁王門 仁王様 腕にはバンテリンかなにかを
つけたほうがよいかと
逆側 彫刻

 さて,仁王門をくぐります。異常な数の灯籠です。ここまで多いのは見たことがないような気がします。誰が奉納したのだろうか……。
 そして,右手に1つ,正面に2つ,建物があります。なんだこれ。さらに,左手にも建物。ここで団体さん登場。これはありがたい,というわけで説明に聞き入ります。その結果,左手にあった厩舎に彫られているのがかの有名な三猿だと判明。おお,こいつが三猿か。会いたかった。それにしても,これだけ有名なのにずいぶんとあっさり登場するんだな……。
 で,これは事前情報として仕入れていたので知ってましたが,三猿は三猿単体であるのではなく,一連のサルの彫刻の1つにすぎません。なんでこいつらだけ極端に有名になったのだろうか……。ガイドさんは「小学生に人生の流れとか難しいことを言っても分からないから3猿だけ有名になってる」というようなことをおっしゃってました。まあ,そんなもんなのかな。でも,見ざる言わざる聞かざるってここ以外でも見聞きするような気がするので(No one sees〜の歌とか),きっと儒教かなにかの言い伝えに由来があるんじゃないかと推測します。本来ならGoogleさんのお知恵を拝借したいところですが,これを打ってる現在電波が入ってないのでどうしようもありません。Googleさんにも限界はあるのです。
 また,神厩舎にいるはずの2頭の馬は冬につき絶賛避難中とのこと。残念。どんな馬なのかな。これはあえて検索しないでおいておこう。
 神厩舎に彫られた猿については,解説がついておりました。が,この英語の解説,ちょっと簡略化しすぎじゃないでしょうか。特に6枚目。"He is love-sick"っておいおい,日本語版では「何か考え,決断を迫られている」「次の絵から解釈するに……結婚」と,若干遊びを残しているのに,これじゃあまったく深みがないではないか。だいたい"He"って右と左どっちを指して,もう片方はなにしてるのよさ。
 あと,僕の横を2組ツアーが通り過ぎていきましたが,どっちも5枚目で「酔っ払って吐いているのではありません」とおっしゃっておられたので,これは定番お笑いポイントなのだと思います。

三神庫。校倉造を「模した」ということは,校倉造そのものではないんだな 日本で見たことの無い象を
聞いただけでつくったもので
「想像」の「象」というらしい
神厩舎に彫られた猿の彫刻と,そのいわれ。小学生は3猿時代にあてはまるのかな?
"See-no-evil, Say-no-evil, Hear-no-evil"であります。
5−3で折れますが,
そこが「人生の折り返し」らしい

 さらに奥に向かっていきます。三猿はみたので,あとは眠り猫だな。
 手水舎はまわりを覆う建物はやけに豪勢なのに,手水鉢自体はシンプルなのが面白い。そして,階段の先には豪勢な建物が見えます。あー,これが陽明門だな。てなわけで,この一体には観光地につきものの写真屋さんもおられます。
 ここに唐突に南蛮灯籠の解説が登場。伊達政宗の奉納とか。ということは,このあたりの灯籠は全部その江戸初期の大名家が奉納したってことなのかな。



手水舎
下がやけにシンプル
鳥居 上には豪華な建物が並んでます 「輪蔵」という看板ですが,
建物自体は経堂。中に輪蔵があるみたいです
南蛮鉄灯籠

 で,階段をのぼって陽明門。ここからは片側通行です。東照宮に入るときの仁王門では左側通行だったのに,陽明門では右側通行です。配置的に仕方がないんでしょうが,ちょっと混乱しますね。
 右手には鐘楼。鐘楼の手前にも鐘がありますが,これが実際に使われているのかは不明であります。
 そして陽明門。「そういえば陽明門の柱がどうしたこうした,って小学校の頃習った記憶があるなー」とぼんやり考えていたのですが,可能性として浮かんだのはエンタシスくらいで,みたところ違ってました。帰ってから調べたところ,12本の柱のうち1本が逆さまになっているとのこと。あ−,これは考えて思い出せるレベルのことじゃなかった。なにやらたくさんの彫刻がほどこされているのですが,どういうテーマに基づいて彫られているのか,見渡す限り解説が無いため「へーすごいなー」で終わってしまいます。このあたり,教養人と非教養人の格の違いを見せつけられている感じがします。

近づく 鐘楼 四方の動物?はなんだろう 鐘楼 上から 見上げる 龍も凄い
ストーリーはあるのだろうか… 唐門側から 随身 後ろは掃除しなくていいのかな…

 で,門をくぐると目の前には唐門。拝殿自体は工事中のようです。左手にある神輿舎はさらに工事中。でも,一応御神輿自体はガラス越しに見られます。このあたりは観光地的な配慮に欠くところがありません。
 で,これは現地に行って知ったのですが,どうも希望者全員中に入ってお参り出来るようです。これは嬉しい。たしか和歌山東照宮でも内部解説がありましたし,東照宮全般内部に人を入れるのに寛容なのかも知れません。ただ,これも日光山共通のお守り宣伝がありましたが。まあしかたない。

神輿舎 内部 1年半にもわたる工事のようです 再度陽明門 祈祷殿
唐門 左右には龍 上部にも精緻な彫刻 透塀と唐門 一本灯籠

 さて。ここまで見てまだ眠り猫を見ていないことに気付きました。見ると,別料金とのことです。
 なんと。ここまできてさらに追加料金。しかも,日光の代名詞的な眠り猫で追加料金とは。まあ,文化財の維持保全にお金がかかるのは仕方がない。払って奥へ進みます。
 すると,早速登場しました眠り猫。いきなりです。ここまですぐに出てくるなら500円とらずに一般料金でも……といいたいところですが,これ以上貧乏な話をすると怒られそうなので(ただ家康自身はこういうところでケチケチしそうなイメージがあります)とりあえず眠り猫を見上げます。
 ……で,こいつはなんでこんなに有名なのでしょうか??解説によると左甚五郎の作で,牡丹の花咲く下に日の光を浴びて子猫が転た寝をしているところのようです。「日光を表す絶妙の奥義」とのこと。たしかに,日の光を用いずして「日の光」の存在をあらわしているというのは凄い気がします。でも,これだけ有名になるほどのことなのだろうか……。あと,「奥義を極めている」ってどういう意味でしょう?
 そういえば,僕が「左甚五郎」の響きを知ったのは紀州東照宮だったなあ。なつかしい。

物々しい解説 眠り猫
飛ばさないように注意喚起
アップ さらにアップ
一部塗装がはげてません?


 さて,坂下門をくぐってさらに進みます。坂下門にいたって突然「このあと石段200段」という予告が登場します。こういうことは追加料金払う前に言ってくれ,と思うのですが,払う前に言ったら払う人が減るんだろうな……。
 奥宮への道は,すらっと伸びた木々の中をまっすぐに道が延びる,とてもいい雰囲気。荘厳とはこういうことをいうのでしょうか。暑くないし,まあ所詮200段なので,死にかけながら登る琴平の奥宮とはわけがちがいます。
 奥宮は人口密度的にもいい感じ。日光という一大観光地にあって,観光地らしさがないのがよいです。で,なにかと商売熱心な日光山だけに,「ここにしかないお守り」がありました。でも,これだけ登ったんだからこういう記念品があってもよいですね。こんぴらにもそういうのあったけかな。
 あと,今気付きましたが,奥宮には禁煙表記のついた看板がないですね。さすがにここまできたらそんなことする人はいないのか,銅や石造りの建物が多いからなのか。

坂下門 彫刻 ここで200段の事実発覚 まっすぐ 階段 見下ろす
石段と石柵
かなりいい石を使ってるんじゃないかと思われます
急ぐべからず 唐銅鳥居。なぜ石鳥居をやめたのだろうか
宝蔵。青銅造。鳥居にしても
宝蔵にしても,下と造りが違うんだな。なんでだろうか。
狛犬。特に奉納を許されたものらしい 奥宮 解説
鋳抜門。完全に銅の門なんだな−。面白い。 いろいろな方向から御宝塔。木→石→唐銅と変遷しているようです。
木造のものを取っ払って石に変えるときに反対意見は出なかったのだろうか
叶杉。叶杉守の宣伝が… 再度奥宮 小さすぎて飛ばす人が
多いのでしょうね
階段をのぼった人を
待ち受ける自販機
伊藤園なのはいいとして,
なぜおーいお茶限定なのか
なぜ冷たいもの限定なのか
そして,150円…
東照宮本殿を見下ろす

 再度下に戻ります。忘れていた最後の大物,鳴き龍が残っています。忘れていた,というか,「そういえばどこにあったっけ?」という感じです。飛ばしたのかと思っていたら,そうではなく,普通に順路にそっていくと東照宮のあとに登場することになっていたのでありました。しかし,鳴き龍があるのは薬師堂。薬師堂といったら,普通に考えて神仏分離の現代において神社ではなくお寺にあるのが通例です。このあたり,日光の輪王寺と東照宮の微妙な関係がみてとれます。Wikipediaには「一部の建物については21世紀の現在も東照宮と輪王寺のいずれに帰属する建物であるか決着を見ていない」と書かれております。輪王寺と東照宮はどっちも文化財を抱えて維持費が相当にかかりそうなだけに,いろいろと興味深い争いです。
 薬師堂に行く前に鼓楼や灯籠を眺めます。
 で,薬師寺鳴き龍。ここは寺男氏が解説したのちに拍子木を叩いて龍が鳴くのを聞く方式。おそらく一人一人に拍手なり木を打たせるなりしていたら渋滞して仕方がないんだろうな。
 そういえば,これを書いていて「あれ,『鳴き龍』だっけ『鳴り龍』だっけ」とちょっと悩んだのですが,日光は鳴き龍で高幡は鳴り龍と呼んでいるようです。全国に鳴き龍スポットがどれくらいあるのか分かりませんが,ここのサイトにいくつか載っていました。このまえ参拝した世田谷観音にもちょっとした鳴き龍があったので,ここがすべてというわけではなさそうです。ここにのってるうち行ったことがあるのはこのほか多々羅大橋を加えた3つだけ。全国制覇までの道はあまりに遠いので,日本鳴き龍協会かどこかで「日本三大鳴き龍」を認定して回るインセンティブを与えてくれないものでしょうか。

神楽殿 再度透塀と唐門 鼓楼
灯籠 奥の釣燈籠。ぶれた。 こういう落書きはよいですね 塀。彫刻が凄い 薬師堂

 薬師堂の拝観を終えて時間的にあと1つしか回れないことが濃厚に。迷いましたが,二荒山神社を攻略することにしました。国宝の家光廟も気になりはしたけれど,まあまた次回のお楽しみとうことで。

明智平華厳滝中禅寺湯元神橋本宮輪王寺東照宮二荒山神社

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