ラオノパバーン

1.Khaiphaen(昼食)

 クルーズを終えて,次にやることは昼食をとることです。どこに行くかはボートの中で検索してたんですが(なお,ボートはそこそこ電波が入る),「ラオス料理」か何かでヒットしたKhaiphaenというお店を選択。
 TripAdvisorによると,職業訓練的な役割をもつレストランのようです。大晦日に意識高く観光客が訪れる店として最適ですね。そういえば,ベトナムに初めて行ったときにもこの手の職業訓練的なレストランに行きました。意識高い系の人生を歩みます。
 で,TripAdvisorとGoogleMapの口コミをベースに,Chicken LaapとPork Sausageを選択。店のおすすめでもあるので,大きな問題はないでしょう。それにもち米をプラス。
 Laapもソーセージも,香草の味が強い。そして,ラープに入ってる赤い奴の辛さが凄いです。それ以外はそこまで辛くありませんが,これはきつい。辛さで舌が馬鹿になりそうだったので,途中から赤いのはよけて食べました。
 食後は,アイスコーヒー。ラオスのコーヒーはベトナム的な,底に練乳が沈殿しているタイプのようです。この手のコーヒーはあまり好きではないんだけれど,カフェインが摂取できればなんでもよいのです。

ルアンパバーンでは
縁が無かったトゥクトゥク
店舗外観 メニュー トイレ案内
昼食です! チキンラープ ソーセージ コメ 冷コー


 めでたく昼飯を食べられたので,いったん宿に戻って上着を置いていきます。この暑いルアンパバーンで上着を持ち歩く必要はないのです。

街歩き

2.ワット・マイ

 さて。この日の後半戦はルアンパバーン観光です。時間が無いので観光客はあくせく動き回るのであります。
 てことで,ゲストハウスから近い順に攻め落としていくことにします。まずは,ワット・マイ寺院。初のラオス寺院です。わくわくドキドキ。

右にワット・マイ
左に王宮博物館
一方通行2車線で
路駐だらけです
ほぼ全寺院共通で,こんな感じに
寺院名が書かれている
入場料10,000キップ

 入場料を払って中へ。
 繰り返しになりますが,これが初めてのラオス寺院なので,これが広いのか狭いのか,伽藍配置が一般的なのかどうなのか,さっぱり分かりません。結論から言うと,このあといくつか見ましたが,いくつか見たところでよく分かってません。なお,ここまで書いたところで,実はさっきウイスキー村で寺院を見てきたことを思い出しました。なにが初のラオス寺院じゃ,まったく。いかに真面目に観光してないかがよく分かります。

 さてさて。このワット・マイ。あとからTrip Advisorを見ると,本堂まわりのレリーフがラーマーヤナのストーリーを描いているとのことです(あとで見返したら『歩き方』にも書いてあった。なお,Wikipediaは英語のみ)。ラーマーヤナのストーリーは以前アンコールワットに行ったときに一夜漬け的に覚えたのですが,一夜漬けの欠点である「すぐに忘れる」技を発揮しまして,ストーリーは記憶の彼方に消えました。ラーマーヤナは(マハーバーラタと比べても)非常に分かりやすいストーリーだったのを覚えています(覚えているのは「分かりやすかった」ということだけなのが悲しい)。
 そして,ストゥーパが本堂の前に3つ。これらの役割はよく分かりません。そもそも,建物の中に部屋が合って中に仏像が鎮座しているので,これをストゥーパと呼ぶのか社と呼ぶべきなのか,よく分からんですな。あと,仏像のサイズが入口よりも大きいです。ということは,中で仏像が成長したか,あるいは中で仏像を組み立てたか,あるいは仏像を設置してから屋根をつけたか,のいずれかになると思われます(隠し扉がある可能性もあるな)。
 中で仏像が成長したとは考えられませんし,中で組み立てるにしても限界があると思うので,先に仏像をつくって,上から屋根をかぶせた(壁を塗った?)のではないかと思うところです。


 とりあえず,Wikipediaさんの”ワット”の項目を見ても,タイのことしか書かれておらず,しかも量も少なくまあよく分からん。
 てな具合でして,ふと「ラオス+寺院+伽藍配置」で検索してみたところ,”ラオス及びタイ中北部におけるテラワダ仏教寺院の平面構成要素”という論文が引っかかりました。さらに,この論文の共著者の1人であるチッパンニャー スーカン(CHITHPANYA Soukanh)さんが,”ラオスにおける伝統的寺院建築の形態構成に関する研究”という博論を書かれているようです。さすがに年末の小旅行の旅行記のために博士論文を読むほどこちらも暇ではないのですが,とりあえず最初の”ラオス及びタイ中北部におけるテラワダ仏教寺院の平面構成要素”という論文だけはチラ見することにします。なんせ,2ページ目にルアンパバーンのワット・シェントンの平面図が載ってるからな。
 ちなみに,このチッパンニャー スーカンさんは,この論文を書いた当時は大阪大学の修士〜博士課程におられ,今はラオス国立大学におられるようです。
 というわけで,チラ見したところ,最初にワット・シェントンの平面図が載っててテンションがあがったものの,やはり建築学科の方が書かれた論文だけあって,旅行者が簡単にラオス寺院の伽藍について知れるようなものではありませんでした。とはいえ,ワットシェントンの伽藍配置図を見られたのはよかったよかった。

本堂 その向かいにストゥーパ3基
(左右のものを卒塔と呼ぶのかは
なんとも言えないけれど)
左のストゥーパ 中の仏像
明らかに入口より大きい
中のストゥーパ 真ん中にはお供えをするスペース
ここにももち米が備えられております
右のストゥーパ 中の様子
右にいる像になんとなく怖さがある
内部は赤く塗られていたようですが
あらためて,本堂 前のスペース 入口
入口の左右にあるレリーフ 右手の閉ざされた入口 天井部 頂点が7つの星
あまり見ない形だな
托鉢についての注意書き
中には大仏と,
たくさんの仏様
近づいてみた おみくじ 脇の仏様 その後ろの仏様 天井 屋根の修理のための
寄付のお願い
後ろ側 あらためて,本堂 3仏 3仏その2
ナーガさんと仏像 船。ルアンパバーンの寺院にはどこにも船がありますね
おそらくはお祭りで使われる船なんだろうと思います
境内の様子
ここまで回ってくる観光客は少ない

3.王宮博物館

 てことで,ワット・マイ見学終了。
 続いて,道を挟んだところにあるロイヤルパレス。王宮です。
 よく分からずに乗り込んだのですが,入って右手に寺院?がありました。階段の左右を,昔懐かし蛇のナーガが出迎えます。カンボジアを思い出します。中,というか途中から写真撮影禁止。それだけ大切な寺院なのでしょう。
 今(2020年5月)検索したところ,実はこの建物についてあまり解説がありません。どうも,”Haw Pha Bang”という建物のようで,ワット○○じゃないみたいです。ワット○○は寺院全体を指す言葉なので,建物1つの言葉としては使わないのかもな。詳しい説明はここで発見。この寺院は,1963年に建築が始まったものの,途中共産勢力であるPathet Laoが権力を握った際,王権と宗教への弾圧がなされ,1993年に本格的に建設が再開されたようです。そして,2006年に完成,と。1993年起点でも完成まで13年もかかってます。恐ろしい。
 ここの説明を読んでいて,また自分の無知を再認識させられたわけですが,ルアンパバーンの名前の由来となっているパバーン仏というのがあるんですな。ルアンパバーンのWikipedia記事にも「1353年、ラーンサーン王国の初代ファー・グム王によって首都とされ、ラーンサーン王国の中心として栄えた。この時、パバーン仏が贈られた」とありました。
 ついでに。このままだと書くのを忘れそうなので。ルアンパバーンの英語版Wikipediaを見ていると,料理(Gastronomy)の項目があり(料理大好き日本人向けの日本語版記事にはないのに),そこで代表料理として写真入りで載っているのはオーラムでした。このオーラム,料理大好き日本人による日本語版記事は無いのに,英語版Wikipediaがあるというなかなかの代物です。日本ではラオス料理としてオーラムがトップに出てくることは珍しいように思われるところで,欧米人との感覚の違いが見て取れますね。

パバーン仏堂 ここから土足と撮影禁止
禁煙の25mというのが
どこからどこまでなのか
よく分からない
というか,敷地内全部禁煙で
いいのではないでしょうか…
なので,最接近して撮った図 写真は子供の僧侶も撮るのです

 さて。
 正面に見えるのが王宮博物館であります。どうも周りの空気を見ていると,荷物を預けないといけないようなので(ちゃんと歩き方を見ればいいんだが),まずは向かって左手の建物を目指します。
 道中,でっかい銅像がありました。逆光です。このおじさんは,シーサワーンウォン王という王様で,Wikipediaを見ると,実は日本とも関わり合いの深い方であるようです。なお,英語版Wikipediaを見ると,日本軍のもとで同王が独立宣言したことがまったく触れられておりません。フランス語のWikipedia記事を読むと,同王は当初は(ベトナムやカンボジアと異なり)日本軍に同調するのを拒み,日本の圧力でようやく独立宣言した,というかたちで書かれております。どっちが真実なのかは私には分かりません。
 というかですね,そんなことより,恥を忍んで申し上げますと,インドシナでの日本軍について,「仏印進駐」の四字熟語以上の知識を全く持ち合わせていないことを知りました。明号作戦なんかももちろん知りません。自分が想定していた第2次大戦時の東南アジアと実態があまりに違っていて,かなり驚いております。これはちょっと本気で一回歴史の勉強をしてみたくなりました。多分しないんだけど。
 この像は,はるばるソ連から運ばれたようでして,共産党と王族というのは相容れないようにも思うのですが,なにゆえこの像を持ってきたのか,当時のラオスの共産勢力の考えは興味深い。

逆光過ぎて,正面なのか背面なのかも分からない 荷物はここへ

 てなわけで,ロッカーに荷物を置いて,王宮です。
 撮影禁止なので自分の言葉で説明しなければならないのが辛いところ。
 外観よりも中は広く感じました。天井が高いせいかもしれません。暑いので,風通しはよくしないといけないため,ある程度空間が開放的なのも大きいな。
 Wikipediaによると伝統的なラオスのモチーフとフランスのボザール様式が混在しているようですが,知識が無いのでこれはまったく楽しめません。困ったもんです。
 結局最後に各国からの贈りものが展示されているコーナーで,「日本からものもある!」と見つけて喜んでおわるのでありました。

 一寸気になったのは,ロッカーの近くに出ていたロイヤルバレーシアターの公演案内。残念ながら今回はタイミングが合いませんでしたが,うまくタイミングが合えば行ってみたかったな。

王宮 休憩中の団体旅行者さん
この橙色のTシャツ着用は
罰ゲームじゃないのか…
ロイヤルバレーシアターの案内

4.街歩き

 てなわけでして,王宮も攻略。王宮を落としたんだから,もうルアンパバーンはこっちのもんです。このまま,残党狩りのために東に向かいます。
 ルアンパバーンは街全体が世界遺産となっていることはよく知られています。ペナンのジョージタウンみたいな感じですね。で,この町の世界遺産を構成する建造物がいくつかあります。まあ,木と紙でできた日本の家に比べ石造りのこっちの建物は頑丈なので(地震は無い,ということでいいのだろうか),なにがどれくらい歴史的建造物なのかはぱっと見よく分からんところですが……。
 とりあえず,町にある建物はいずれもそれなりにコロニアルな雰囲気で,なんとなく歴史的に意味がありそうです。アイムウォーキングインワールドヘリテッジという,なんとなくな感じです。

大通り
車通りもそこまで多くなく
まあ快適です
この日のレート 世界遺産の町案内
日本だったら,観光協会がパンフレットつくるところですが…
多分学校です
さすがに大晦日は人がいない
とりあえず歴史的に意味がありそうな建物の写真を撮ってみた
建物の形はどれも違っているのだが,
高さは基本的に揃っているのが興味深い
暑くて痩せ細ったサンタさん 3NAGAS
これは世界遺産を構成する建物みたいです
ラオスに2台しかないオリジナルのシトロエンのうちの1台 なんとなく日本の団地
っぽい建物
通りの様子

5.Wat Sensoukharam

 そして,Wat Sensoukharamというお寺が登場したので寄ってみます。仏足石があったり,どでかい立仏が鎮座していたりと,なかなかに興味深い。あとGoogle Mapを見ていると,この敷地に複数のお寺の名前が見えます。いったいどこからどこまでがWat Sensoukharamなのでしょうかね?日本で言うところの塔頭のようなものがあったりするのでしょうか。

Wat Sensoukharam 注意書きの横に
世界遺産マーク!
仏足石のある社 菩提樹周りの絵 中には仏足石
これは触ったら駄目な奴なんだろうな

 本堂は閉まっておりました。まあ,全部に入ってると時間が足りない。

本堂 扉の絵
壁面の絵 上に飾られていた 鼓楼 僧坊? ここにも船が展示されている

 そして,最後は立仏です。ここに限ったことではないですが,彫刻は細かくなく,全体的にのっぺりしてますね。下から見上げてるせいかもしれませんが,かなりの足長おじさんに見えます。

立仏堂 ここは細やか 仏様 下にもたくさんいます 植木鉢に世界遺産マーク

6.Phon heuang

 歩いていると,仏像発見。近寄ってみました。名前は分からなかったんですが,あとでGoogleMapさんを見ると”Phon heuang”とあったので,多分それが名前です。これをGoogle翻訳に突っ込んだら,なぜかヒンディー語と認識されて,「電話の上下動」と出ました(ちなみに,ラオ語で翻訳してもそのままの表示で翻訳されず)。おそらく,Phonが電話だな。Phonが仏堂なことはさっき調べたからだまされないぞ。まあ,そんな具合に,よくわからん仏堂です。
 とりあえず,仏様の頭の上の避雷針みたいな奴が,仏堂の天井の布に刺さってるのが興味深かったです。目が大きめでしかも塗られており,下向いてるのが興味深い仏様でした。

仏堂発見 近づく 下目遣い Google翻訳さん HIS発見

7.Wat SyrimoungkounXaiyaram

 んで,さらに1ブロック進むと,今度はWat SyrimoungkounXaiyaram。意味が分からないので試しにGoogle翻訳に突っ込んでみたところ,自動検出機能は何故かギリシャ語を指定し,ラオ語で調べても意味は出ませんでした。無念。
 このお寺の本堂に入ってみたところ,仏像と繋がれるひもがありました。日本でもたまに見る奴ですね。名前は知りません。日本だと撚糸であることが多いように思いますが,ここは普通のひもでした。

Wat SyrimoungkounXaiyaram 本堂
ラオスに来て,送電線が写真の邪魔になるとは思ってなかった
本堂前の狛犬(獅子かもしれんな)
歯の白いペンキが剥げていて,
虫歯になってるみたいです
本堂内の様子
紐で仏様と繋がることができます
   
外に展示されていた
なんだろうか,これ
僧侶の皆様が生活されている おそらく,朝の托鉢で喜捨されたもち米をこうして日干しして保存食にしてるのではないかと

 続いては,お待ちかねのワット・シェントーンであります。

ラオス旅行記その3ラオス旅行記その5


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