佐貫城

1 君津→佐貫

 おはようございます。千葉県2日目。今日は佐貫城攻略です。
 てなわけで、まずは君津駅へ。

一夜を共にしたホテルクラウンヒルズ君津とジョナサン 君津駅 よく分からない絵 駅へ ロータリーを見下ろす 跨線橋

 そして、佐貫町駅へ。あまりにもぼーっと電車に乗っていたため、「さぬきまち」のアナウンスを聞いて、「へ〜、千葉にも讃岐って地名があるのか。香川県の人がつくった集落なのかな」などと考えていて、危うく降り損ねるところでした。文字面からの「佐貫=さぬき」と、耳から入ってくる「さぬき」が一致しないという事象であります。いやはや、これで降り損ねてたらアホにもほどがあったぞ。

佐貫町駅に到着 跨線橋からの眺め バスに乗りました 牛房谷バス停 バス停からの眺め

2 登城〜三の丸

 そんなわけで、登城です。
 佐貫城は登城口にある石垣でいきなりピークをむかえることになります。それだけ、房総地域で石垣のある城が珍しい、ということでもあります。噂によると、千葉県内で石垣の櫓台が残るのはここだけとか。

登城口 平成30年版佐貫城解説 こっちは平成22年版 登っていきます

 そんなわけで、正面左手に石垣の櫓台がすぐに目に入ってきます。いや〜、なんでここだけ、といいたくなる感じの石垣です。後世になって目の前を道路が通って、ここから平和ぼけした観光客が登ってくることを想定していたとしか思えません。
 ここで気になるのは、向かって右手の櫓台はどうだったのよ、ということなわけですが、こっちは土の壁にしかみえません。当時のお殿様が「後世の観光客にはちょっとだけ石垣見せとけばいいだろ。カネがもったいないから石垣は一カ所だけで構わない」と言ったとしか思えませんね。
 石垣は一カ所でも構わないのですが、この向かって右側の櫓台的なスペース、名前つけてくれないと旅行記的には扱いが難しい……。

正面をパノラマで ぐるりと しっかりとした石垣です

 そして、まずは三の丸を探索。三の丸といっても、登城口にあった解説では「三の丸」と記載された曲輪が3つあったので、誰かが曲輪に名前をつけるのが面倒になってあれもこれも三の丸にしちゃったんではないかという気もします。あるいは、一定の地位の人しか入れない場所を本丸・二の丸・三の丸と区切っていった、というところでしょうか。
 まず出てくる一番南の三の丸はかなり広く、相当量の建物が建ち並んでいたのではないかと思われます。礎石とかは出てきてないのかな??

三の丸を左に見ながら進む 振り返る そして石垣櫓台
三の丸の入口部分からぐるりと
三の丸に入って、西〜北方向をぐるりと 石垣の合った櫓台方向
三の丸の真ん中から北〜東をぐるりと 向かい側の櫓台?方向を
見上げる
↑のパノラマ

 元来た場所に戻り、そのまま、北へと進みます。

北方向 二の丸方向をぐるりと見上げる 入口方向 分岐点が見えてきた
ここで振り返る 三の丸方向 分岐点でぐるりと あらためて三の丸を見下ろす

 矢印は右に向かっているのですが、右に行けと言われたら左に行きたくなるのが人情というもの。見たところ、道も綺麗だし危険な空気感もありません。というわけで、左に進みます。この左の通路の左手側も三の丸扱いのはず。

左へ 進みます 進むとこんな雰囲気 さらに進みます
右手には現代的なコンクリ
(多分給水ポンプか何か)
左手
多分三の丸の一部
さらに進みます さらに進むと、水道管っぽいものが
(さっきのコンクリと繋がっていると思われる)
左はちょっとした岩場
あまり意味は無さそう
あらためて正面方向
右は木に遮られており、水道管に沿って進むかも迷ったけれど
ここでUターンすることにしました
振り返った図 分かりづらいのだけれど、堀切のような簡単な窪みが
戻っていきます 分岐点に復帰しました あらためて三の丸方向 もの凄い茂み

 元いた場所に戻ってきました。
 矢印に従って、二の丸を目指すことにします。

あらためて分岐点 いかにももんか何かがあったような場所です 進行方向右側の盛り土(櫓台?)
下に門があったならば上に何かがあってもおかしくないのに、
あまりにも説明なくスルーされていて悲しい
振り返る 進みます。左手は二の丸ですが、見上げる精神的余裕はなかったようです
ちょっとした分岐点 右下を見下ろす ここに何らかの番所があってもおかしくないけれど
単に後世に木が生えた場所を残しただけかもしれない
抜けていきます

 分岐点のような、そうじゃないような場所を抜けると、前が開けます。
 開けるのはおそらく地元の方が木を切って綺麗にしてくれたからだと思います。いやはや、本当に感謝感謝。

 そんなわけで、正面にはザ・虎口的な虎口が見えてきます。ここも石垣を使わずに土塁オンリーなんですよね。おそらく当時のお殿様が「三の丸の入口だけ石垣にした場合と二の丸虎口も石垣にした場合とで予測される観光客の数に関する研究」を読んで三の丸の入口だけ石垣を設置することにしたのだと思われます。

前が開けました 前だけでなく右下も開けたんですが
果たしてここに曲輪はあったのか……
さらに進むと、正面になにか見えてきました

3 二の丸

 そんなわけで、二の丸への侵入を防ぐべく、いかにもな虎口が設けられております。おそらくこの上に櫓なり城壁なりなんなりがあったのだと思いますが、何の解説もないのがかえって妄想を高めさせますね。
 そして、今はこの虎口の正面の木が切り取られて非常に開けていてなんとなくこっちから登ってこれそうな気になってしまうのですが、おそらくここは急峻な崖になっていたのではないかと思います。松山城の筒井門・隠門のあたりを思い出すところです。

 ちなみに、私が呑気に歩いているなか、木を伐採している音が鳴り響いておりました。ここで襲われたらひとたまりもないのですが、もちろんそんなことはありません。状況的にはひと言挨拶したいところなんですが、遠くにおられたのでいったんはスルーすることにします。

虎口が見えてきました 虎口前のスペース 進みます 振り返る さらに進みます 上が見えてきた
振り返って下を見る ぐるりと
帰りがけに撮った写真。三の丸に向かって左側から登城路を見下ろす 続いて向かって右側から登城路を見下ろす
パノラマ 正面 向かって右手側
向かって左手側 正面 振り返る

 今となっては、通路として開けている部分以外は完全に藪になっております。これ、この通路を整備してくれたエラい人がいるってことですよね……。ありがたい限りです。
 通路の左右がちょっと高くなっておりますが、これは現代に通路を開いたときにこうなったのか、それとも当時から二の丸の通路の両側がちょっと高くなっていたのか、どちらなんでしょうかね?

 そして、向かって左側なんですが、最初は完全に藪だったのに、途中からは藪はなくなって木だけになっております。どういう事情でこうなったのだろうか。

さらに進む 二の丸の案内 そこから見上げる さらに正面
あきらかに左のスペースと
段差が出来てます
振り返る ここは凄い藪になってます
あらためて二の丸 さらに進みます さらに進んで、右手方向 本丸が近付いてきました

4 土橋・空堀

 二の丸を抜けると、本丸との間には巨大な空堀。そして、その空堀をまたぐ土橋。石垣に続くこの城のハイライトといえる場所でありますね。

土橋へ 振り返ってぐるっと。二の丸方向〜空堀方向
土橋へ 空堀のサインが折れてました 向かって左側(西側)の空堀 一応パノラマ。ピント合わず
向かって右側(東側)の空堀 こっちも一応パノラマ

 そこから本丸への虎口。ここも左右にいかにもな土塁がありますね。やはりここも石垣はないのが興味深いところです。ほんと、なんで三の丸のあそこにだけ石垣つくったんでしょうか。

ぐるりと 本丸へと近付く
堀と土橋を見下ろしてぐるりと パノラマで撮影

 そんなわけで、ようやく本丸へと入っていきます。続く。


TIPSTARドーム佐貫城その2

旅行記TOPその他テーマ別